認めてあげられるほど余裕をもって生きているわけではない | ナヤミヤ

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日々、悩んでいる人のためになればと思って書いています。

認められたいという人たち。

認められたいのだ。不安なのだ。

誰かに認められる自分であれば、自分が存在していると思う。

自分の存在証明は他人による承認。

僕らは、他人に依存している。

承認を求め、承認により自分が存在すると証明されたとき、

僕らは、他人に依存してる。
だから、真の意味で存在していない。

他人のなかに自分がいると言うことだから、
それは、自分が独立して地に足をつけてそんざいしていることを証明してはいない。

みっともないじゃないか。

生きていないと言っているようなものだ。

認められたいは、結局存在していないに等しい。
相手に依存しているのだから。

それに、あなたを認めてあげるほど僕らは余裕を持って生きているわけではない。
僕らは、僕らの生き方に精一杯なのだ。
幸せになるために、何かを達成するために精一杯生きているのだ。
だから、認めてあげるほど余裕はない。

みんなあなたを認めていないわけじゃない。
認めてあげたいけど、そんな余裕なんかないんだ。