母が体調を崩して3週間…4週間経とうとした時、朝8時頃母から電話が来た。出ると男の人だった、救急隊員の人でした。
呼吸が出来なくて自分で救急車を呼んだと…急いでアパートへ行くとまだ搬送先が決まっていなかった
病院が決まって向かう。私は母の身の回りのものを持って着いていく。処置室でいろいろと調べてもらう。そこでごめんねとご飯食べたのかと話しをしたのがたぶん今までの母と交わした最後の言葉だったと思います。
私の母は、とても苦労しました
それでも父と離婚してからは贅沢な暮らしではなかったかもしれないけど楽しそうだった
私が再婚をして子供5人育てられたのも母が助けてくれたおかげでした。
私たち兄弟も孫にも本当にほんわかしたやさしい人でした