9月も下旬になった今日、あたしはヤバすぎる落し物をした。
11:23AM
ガンガンに照りつける真夏の太陽もすっかりどこかへひっこんで
外では涼しげな気持ちのいい風が吹いていると思われる。
だーけーど。
あたしはダッラダラにアブラ汗をかいていた。
自慢の巻き髪もカールがとれかかってるけど、そんなことはどうでもいい。
たった今、あたし(の心)に雷がおちてきたのだ。
オフィスの自席でカタカタと軽快にPCのキーボードを打っていたときのこと。
画面の右端にぴょこっと新規のメッセージが現れる。
社内の人間からのメッセンジャーだった。
「お疲れ様です。営業2課の朝比奈です。」
朝比奈。はて。誰だったかしら。
そもそも営業2課に知り合いなんていたっけ。
そんなことを思いつつ、そのメッセージボックスをクリックする。
と、とんでもない言葉が引き続き届いた。
「一ノ瀬さんの手帳、お預かりしてます。先ほど偶然拾ってしまいまして。」
・・・え?
あ、あたしの手帳!?
無我夢中で手帳が入っているはずのバッグの中に手を突っ込む――が、ない。
ないないない。
どんなに探してもナイっ!!!
一応デスクの上や引き出しの中もひっくり返して探して見るが、やはり見当たらない。
そうこうしているうちに、さらにメッセが届く。
「赤い手帳ですよね?」
ファーーーーー●ク!!!
その手帳、私のものに違いありません。。。
落としたことにすら気づいてなかったよーーーー。
やばい。
この朝比奈とかいう人物があたしの手帳を持っている。
しかもこうやって連絡してきてくれたところを見ると、中身はすでに見られているに違いない。
あたしの手帳の中身・・・すごいの。
ほんとにやばいの。
百歩譲ってマンスリースケジュールのページはいいとしよう。
でも、その後ろに続いているウィークリーのほう・・・。
まるで日記のようにいろいろ書き込んでて。
主に人間関係の書き込みやばい。
あたしの忙しすぎる恋愛事情とか、職場での女同士の戦いの様子とか・・・。
どどどどどうしよう!?
とりあえずはやいとこ引き取ってこなければ・・・。
「ありがとうございます!わざわざご連絡いただいちゃって・・・すぐ引き取りに参ります!朝比奈さんのお席はどちらですか?」
「いや、せっかくなので手帳をお渡しするついでに、今晩食事にお付き合いいだけませんか?」
はいぃ!?!?
なんで?なんでなんでなんで?
まさか手帳拾った見返りとして奢らせる気!?
っていうか、なんでランチじゃないの?まだ昼前なんだけど・・・。
「いかがでしょう?今晩はお忙しいですか?」
ここで断って中身を暴露されても怖いし。
かなり納得いかないけど、仕方ない、か・・・。
「分かりました。では今晩・・・」
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8:00PM
朝比奈に指定された店の前に着いた。
会社からそう遠くないちょっと小洒落た和風ダイニング。
いざ、勝負。無事に手帳を取り返さなければ。
って、なんで手帳を返してもらうだけで、あたしってば構えちゃってんのかしら。
とは思いつつも、なんかいやな予感がするのよ。
だって拾った手帳を返すだけなのに、わざわざ夜に食事に呼び出す人っている?
会社の中で受け渡せばいいだけじゃない。
いろいろな考えがカール・ルイス級のスピードでアタマをかけめぐる。
だいたい朝比奈っていったいどんなやつ?
超超超きもい系で、これを運命の出会いとか思っちゃってたらどうしよう。
それとも、酔わせて何かする気?
はたまた実はアタシに何か恨みをもっててその仕返しとか?
いやんいやん。どれもいやん。
そんな感じで一人で頭を抱えていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「一ノ瀬さん」
振り返るあたし。
「来てくれてありがとう。朝比奈です。」
顔を見るなり、朝比奈が誰なのか思い出した。
キモイなんてとんでもない。
朝比奈は、うちの会社の中に生息する数少ないイケメンの一人だ。
自分のまわりの女子の中でも彼を知らないものはいない。
「ど、どうも・・・」
と、いったもののぽかんとしている私を通りすぎて彼は店のドアを開ける。
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店に入った後、私たちは個室に通された。
どうやら朝比奈はきちんと予約を入れておいたようだ。
席について、ひとまず飲み物とちょっとしたつまみを注文。
店員が個室から出て行くなり、
「一ノ瀬さん、俺、あなたにお願いがあるんです」
朝比奈はそう言った。
このオトコ、いったいなにをたくらんでいるのだろうか。