おそらく、テレビのディレクターは視聴率ばかりに気をとられて、自分たちの仕事の大きさにあまり気がついてないように思う。
例えば、視聴率10%と言えば、約1200万人が見ている計算になるのだが、その影響力は視聴率だけではあらわせない。視聴率は、どれだけの人が見ているかという指標にしかならない。要するに、見た人の内部でどういう変化が起きたのかまでは当然のことながらわからない。
例えば、約1200万部の読売新聞に仮説に基づいた検証記事を書くのと、視聴率10%のテレビ番組で全く同じ趣旨の内容を放映するのでは、直観でその影響力が違うことがわかるのではないだろうか。テレビで放映される方が、より精神の内部にその影響が渡る気がするだろう。
その上、たとえ1日に1時間しかテレビを見なかったとしても、テレビだけでなく、雑誌から新聞紙、それにネットまで、あらゆるメディアが同じニュースを何度も何度も繰り返し放映しているうちに、潜在意識の中に刷り込まれて、たとえそのニュースに関係していなくても、まるで当事者になったかのような心境に陥ってしまう。しかも、全くテレビを見なくても、何らかの形で関わってしまう。このような現象をサブリミナル・インパクトというらしい。
ところで、テレビ局は、悪い部分だけでなく、いい部分も見て欲しい、とBPOのテレビの影響力に対して、見解を述べていたが、いずれにしてもテレビは影響を与えるのだ、という点においては一致しているらしい。
テレビを作る側は、製作に熱中しすぎているせいか、自分たちの結果にあまり関心がないようだ。
しかし、表現の自由に、知りたくない権利は含まれていない。見たくなくても、何らかの形で接してしまうわけだ。しかも、その効果は全く持って未知数なだけに、そして、各個人にどのような影響が出ているか分からないだけに、よりいっそう気を配らなくてはならない。