先日の麻生首相の発言にちなんで一言。
医師は社会的常識が欠けていることについては、おおいに賛同しますが、果たして法曹はどうでしょうか?
弁護士、検事、裁判官、この3者は果たして社会的常識があるのでしょうか?
どの立場に立つかによって、社会的常識の意味は変わる気もしますが、おそらく、麻生首相の言う「社会的常識」で、この場合もいいような気がします。
たとえば、検察官ですが、正義を振りかざす職業ほど怪しい職業はありません。
それは、法学でさんざん学ぶように、正義はあくまで相対的なものであって絶対的なものではないからです。
ところが、メディアに露出する検事総長等の刑事系の人々は、しょっちゅう「正義」を口にします。
もちろん、実際世の中には、許されざる犯罪が存在し、いまだ解決してない事件もたくさんあることは理解しているつもりです。
ただ、そのような正義が、戦前間違った形で用いられ、たくさんの悲惨な結末を生んだのは周知の通りで、その危険性は、彼らがよく口にする民主主義社会においてもなお、存在するからです。
国家権力を思う存分発揮できてしまう職業は、ときとして、医者以上に社会的常識から外れてしまうのではないでしょうか?
また、裁判官にしても、それは職業上、周知の通り、社会的常識から遠いところにいます。
さらに、もっとも社会的常識に近い弁護士も、必ずしも、社会的常識で行動するわけでなく、弁護士的論理で行動することがしばしばあります。
裁判員制度が採用されたのも、そのようなギャップを埋めるためなのでしょうが、それは、前のブログでも言ったように、そのギャップを埋める効果は薄いように思います。
というわけで、私は、医者だけでなく、法曹にも麻生首相の発言は当てはまるように思います。
もちろん、医者も法曹もそうですが、身を粉にして、弱い者のために日々格闘している方々がいらっしゃることは事実です。
ただ、その数が少ないように感じられるように思うのです。
これもまた、教育の弊害なのでしょうか?