ミステリーに限らず、フィクション、ノンフィクション、評伝など小説の枠を超えた作品にも挑戦し、独自の解釈で古代史、現代史の謎にも創作の枠を広げ、いずれの分野においても、普遍的なテーマによって人間の業を描き、社会の闇に迫った作品を数多く残された作家・松本清張さんが亡くなられて今年で30年にあたります。

 

1992年8月4日に82歳で亡くなられたからか、今年の夏は松本清張さんの作品を映画化、テレビドラマ化したものが、WOWOWやCSなど色んなchで放送していました。

 

作家生活四十余年、その作品は長篇、短篇他あわせて千篇に及ぶそうですが、国民的作家と呼べる方でしょうね。

 

僕も大好きな作家の一人で、代表的な作品はほとんど読んでいます。

 

社会の中でさまざまな形で存在する抑圧や理不尽、人間なら誰もが持つであろう怨み、妬み、嫉みなどは時代が変わっても無くならないし、清張さんの作品は時代を超えても変わらない人間の本質を描いると思うので、古びないのだろうなぁと感じます。

 

松本清張さんの作品は数多く映像化されていますが、今日はその中でも僕が初めて観た時から深く心に残っている作品を一つご紹介したいと思います。

 

1977年にNHKで放送された『最後の自画像』というドラマです。

 

原作は昭和35年(1960年)に「サンデー毎日」に掲載された短編小説『駅路』です。

 

昭和35年といえば、『砂の器』が発表された年です。

 

『松本清張シリーズ・最後の自画像』

◎1977年10月22日、NHKの「土曜ドラマ」枠にて放映

◎視聴率16.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)

 

《キャスト》

◎福村慶子:いしだあゆみ

◎小塚百合子:加藤治子

◎呼野刑事:内藤武敏

◎北尾刑事:目黒祐樹

◎小塚貞一:山内明

◎福村よし子:吉行和子

◎山崎:林ゆたか

◎小松かね子:乙羽信子

◎小松便利堂(雑貨屋)主人:松本清張

《スタッフ》

◎脚本:向田邦子

◎演出:和田勉

◎音楽:加古隆

◎撮影技術:森野文治

◎美術:斉藤博己

◎効果:高橋美紀

◎制作:沼野芳脩(NHK)

◎企画・制作:NHK

 

NHKの「土曜ドラマ」枠というのは…

①テレビドラマが取り上げてこなかったジャンルやテーマに取り組むこと。

②原作者ばかりではなく脚本家の作家性も重んじ、脚本家の名前を冠したシリーズを作る。

③色々なジャンルを掘り下げ、多様性を持たせ、テレビドラマの新しい放送スタイルを定着させたい。

 

こういう目的と狙いから立ち上げられた企画だったそうです。

 

その立ち上げを命じられた、当時NHKのプロデューサーであった近藤晋さんは、松本清張さんの作品を柱の一つにしたいと考え、清張さんの自宅へ伺いお願いして始まったのが『松本清張シリーズ』なんです。

 

土曜ドラマの『松本清張シリーズ』は第1シリーズから第6シリーズまで、8年にわたり計15作つくられました。

 

第1シリーズで放送された『中央流砂』がプラハ国際テレビ祭で金賞、『遠い接近』が芸術祭優秀賞を受賞しています。

 

『最後の自画像』が放送されたのは第2シリーズで、脚本を書かれたのは、向田邦子さんです。

 

第2シリーズの脚本家は向田邦子さんの他に石堂淑朗さん、早坂暁さん、山内久さんと錚々たる顔ぶれ。

 

プロデューサーの近藤さんは、原作に合うと思う脚本家を吟味し、依頼し、練り上げ、原作者の清張さんが唸るような作品を作ろうと思ってらしたんですね。

 

近藤さんは以前から、向田さんとお仕事をしてみたいと思ってらしたようですが、当時の向田さんは、『七人の孫』『だいこんの花』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』といった連続ドラマを手掛けられていて、TBSのほぼお抱えの独占状態で、他局はなかなか入り込めなかったんだそうです。

 

無理を承知で向田さんにお願いしたところ、快く受けてくださったそうです。向田さん初のミステリーものが松本清張さんの『駅路』だったんですね。

 

向田さんも、自分の脚本家としての仕事の幅を広げたいという思いがおありだったんじゃないでしょうか。

 

向田さんはこの脚本を書かれる少し前、乳癌を煩われ、輸血が原因で血清肝炎になり、右手が効かなくなり、「あまり長く生きられないのでは」と思われていた頃だそうで、今までと違うものが書きたいと思われたのではないかなぁなんて勝手に思ってしまいます。

 

向田さんが松本清張さんの原作に、真正面から取り組み、書き上がった脚本を読んだ清張さんは「いやあ、面白かったよ」と言って、ニヤッと微笑まれたそうです。タイトルも向田さんの意向で『最後の自画像』に変えられていましたが、清張さんは「いいよ」とおっしゃってくれたそうです。

 

『最後の自画像』はNHK局内でも評判で、翌年、土曜ドラマ枠で名作『阿修羅のごとく』が生まれるきっかけになったのです。

 

原作の『駅路』は原稿用紙にすると45枚ほどの短編で、向田さんは清張さんがこの作品で言いたかった物語の芯や骨格は決して崩さず物語の中心に据えて、原作には書かれていない主人公に絡む女性をしっかりと描きこみ、テレビ的な見所をキラキラと散りばめて見事な脚本に仕上げています。

 

脚本も読みましたけど、うまいなぁと思います。

 

◎こんな物語です。

某銀行営業部部長を定年退職した小塚貞一(山内明さん)が失踪したのは秋も終わる頃でした。

 

写真撮影が唯一の趣味だった彼は、簡単な旅行用具を持っただけで、しばらく東京を離れて遊んでくると家人に言い残し、ふらりと旅にでかけ、1ヶ月が経っても何も消息もありません。

 

捜索願を出した妻の百合子(加藤治子さん)は、思い当たるフシは何ひとつないと訪れた初老の刑事・呼野(内藤武敏さん)と、青年の北尾(目黒祐樹さん)に話すのでした。

 

呼野刑事は、部屋に飾られたゴーギャンの複製画に興味を惹かれるのです…。

 

捜査を進めるうち、刑事たちは、広島支店時代に小塚が知り合った女性行員・福村慶子(いしだあゆみさん)との繋がりに行き着きます。そして呼野刑事は、ゴーギャンの絵画に託した小塚の想いを辿っていくのでした…。

 

いしだあゆみさん演じる福村慶子という女性は、原作では、広島出身で原爆症で若くして亡くなっている設定なのですが、脚本では、加藤治子さん演じる妻から夫を奪うという罪を背負いながらも、愛した男と生き続けたいという強い意志を持った女性として描かれていて、このドラマの主役と言っていいほどの存在感で作品を引き締めています。

 

やはり向田さんは、女性を描かせるとうまいですよ。ほんと。

 

いしだあゆみさんと加藤治子さんの二人が対峙するシーンがあるんですけど、すごい緊張感を醸し出していて見応えがあるんですよ〜。

 

真面目にコツコツと自分の職務を全うし、定年を迎え、出逢ってしまった「運命の女」と人生をやり直そうと決心をした男に降りかかった悲劇がまた辛すぎるんですよね。

 

奥行きのある卓越した脚色というのでしょうか。登場人物全員の『性』というものが生々しく浮き上がってきて、観終わるとズンと胸を打たれるような人間ドラマです。

 

『最後の自画像』は、人生の『駅路』に立っていた向田邦子さんが、大作家・松本清張さんに真正面から挑んだ日本のドラマ史に残る傑作です。

 

和田勉さんの演出も最後まで緊張感があって、メリハリが効いていていいですよ〜。

 

お勧めします。