こんにちは。

 

2019年2~3月、世田谷パブリックシアター「シアタートラム」で上演された、三島由紀夫さん作、小川絵梨子さん演出による『熱帯樹』が先日、NHK‐BSプレミアム「プレミアムステージ」にて放送されました。

 

この舞台は劇場で観たかったのですが、上演期間中は仕事が忙しく、時間の都合が中々取れずに諦めていたので、早速の放送はありがたかったです。

 

今日はその感想を書いておきます。

 

『熱帯樹』 

【会場】世田谷パブリックシアター「シアタートラム」

〈スタッフ〉

【作】三島由紀夫さん 【演出】小川絵梨子さん

【美術】香坂奈奈さん 【照明】松本大介さん

【音楽】阿部海太郎さん 【音響】徳久礼子さん

【衣裳】原まさみさん 【ヘアメイク】鎌田直樹さん

【演出助手】渡邊千穂さん 【舞台監督】澁谷壽久さん

【主催】公益財団法人せたがや文化財団   

【企画制作】世田谷パブリックシアター

【後援】世田谷区

 

〈キャスト〉

【出演】林遣都さん  岡本玲さん  栗田桃子さん

 鶴見辰吾さん  中嶋朋子さん

 

 ◎あらすじを簡単に

1959年秋の日の午後から深夜にかけての物語です。

 

資産家の恵三郎(鶴見辰吾さん)は、己の財産を守ることにしか関心がなく、妻・律子(中嶋朋子さん)にいつまでも若く華美でいることを望み、自分の人形のように支配しています。律子は夫の前では従順ですが、実は莫大な財産を狙い、美しい母を密かに女として意識していた息子の勇(林遣都さん)の心を惑わし、夫を殺させることを企んでいました。

 

その計画を知った、不治の病にかかり、ベッドで1日の大半を過ごす娘の郁子(岡本玲さん)は、口づけを交わすほど愛する兄に、母を殺させようとしますが……。

 

いびつな愛に執着する律子と郁子、権力者の父を憎みながら母と妹に翻弄される気の弱い勇、地位や名誉を手に入れはしたが息子と対立し妻の不貞を疑わぬ恵三郎、そしてそこに同居する恵三郎の妹で全てを見透かしたような信子(栗田桃子さん)、それぞれの思いが交錯しある悲劇が…。

 

三島さんは、この作品が生まれた背景として、このようなことを語っておられます。

 

「この作品のインスピレーションは、パリに住むフランス文学の学生、朝吹登水子さん(フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』の翻訳で有名なフランス文学者、随筆家)から聞いた、フランスの田舎町のあるシャトオで実際に起こった事件によっている。シャトオの裕福な財産を狙って結婚した女性が、彼の財産を手に入れるため、実に慎重で巧妙な方法を考案する。彼女はまず強引に自分の息子と肉体関係を結ぶ。そして息子を、自分の意のままになる、あらゆる意思を欠いた人形とした後に、でっち上げの事故で息子に父親を殺させたのである。彼女はかくして夫の財産を得たが、結果的には財産ゆえに罪が後に露見した。」

 

実際に起こった事件がモチーフになってるんですよ〜。

 

こうもおっしゃっています。

 

こういうことは、人間性からいって当然起りうる事件ではあるが、実際に起ることはめったにない。事件は、ギリシア劇の中では、かつてアイスキュロスの『オレステイア』三部作において、アガメムノン、クリュタイメストラ、オレステス、エレクトラの一家族の間に起ったのであったが、それと同じことが現実に、現在ただ今のヨーロッパで起ったといふことは注目に値いする。この事実はもはや、こんな事件のあらゆる場所あらゆる時における再現の可能性を実証するものだからだ。

 

また、『熱帯樹』で描かれる兄妹の愛について次のように解説されています。

 

「それはそうと、肉慾にまで高まった兄妹愛といふものに、私は昔から、もっとも甘美なものを感じ続けて来た。これはおそらく、子供のころ読んだ千夜一夜譚の、第十一夜と第十二夜において語られる、あの墓穴の中で快楽を全うした兄と妹の恋人同士の話から受けた感動が、今日なほ私の心の中に消えずにいるからにちがいない。」

 

肉慾にまで高まった兄妹愛と聞いて、僕が思い浮かぶ文学作品は…

◎ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー(1981年)』

◎ジョゼフィーン・ハートの『ダメージ(1991年)』

◎ジョン・フォードの『あわれ彼女は娼婦(1633年)』

などがありますね。

 

僕は読んではいませんが、平岩弓枝さんの小説『日野富子(1971年)』では、息子を自らの傀儡にしようとして交わる母が描かれているそうです。熱帯樹の母親みたいですね。

 

映画で僕が印象に残っているのは…

◎ベルナルド・ベルトルッチ監督『ルナ (1979年) 』

◎降旗康男監督『魔の刻(1985年)』

どちらも母子相姦がテーマとなっていました。

 

近親者同士の愛って、世界中で昔からテーマとして芸術作品には取り上げ続けられているんですよね。

 

少女漫画にもよく取り上げられますね。

 

朝吹登水子さんから、この戯曲のアイデアとなる事件のことを聞いた時三島さんは「これは、俺好みのテーマだ!」と思われたのかも知れませんね(笑)。

 

『熱帯樹』の初演は1960年(昭和35年)の文学座公演です。

会場は東京・第一生命ホール

【演出】松浦竹夫さん 【装置】高田一郎さん

【照明】浅沼貢さん 【音楽】矢代秋雄さん

【効果】吉田美能留さん 【衣裳】柴崎澄子さん

【舞台監督】関堂一さん

【出演】三津田健さん 杉村春子さん 山崎努さん 加藤治子さん 南美江さん

 

中継が始まる前に初演時の三津田健さんと杉村春子さんのお写真が映りましたけど、これは観たかったですね〜。最強のキャストじゃないですか〜。

 

1980年(昭和55年)に東京・西武劇場(パルコ劇場の前身)で串田和美さんの演出でも上演されているのですが、この舞台も観たかったなぁ〜。

【出演】内田良平さん 岸田今日子さん 光田昌弘さん 藤真利子さん 加藤治子さん

これもキャストが素晴らしい!美術を担当された横尾忠則さんデザインのポスターがとても印象的なんです。

 

今回の演出を手掛けられたのは、第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞、紀伊国屋演劇賞、千田是也賞などを受賞し、昨年9月から新国立劇場演劇芸術監督を務める小川絵梨子さん。

 

僕は小川さん演出の舞台は初めて観させてもらいましたが、小川さんは『熱帯樹』についてこうコメントされています。

 

「『熱帯樹』の世界観は寓話的でもあり、五人の登場人物たちは誰もが寂しくて孤独なんですが、実は一人一人が物凄く逞しさや力強さに満ち溢れていて、そこがたまらなく面白く思え、この五人からなる家族という単位の小さな集合体に、今とても魅力を感じています」と。

 

僕は随分前に戯曲は読んでいて、人間のむき出しの欲望やエゴイズム、醜い嫉妬も官能的に甘美に描き尽くされた三島さんらしい作品だなと思っていました。

 

未遂ですけれど親殺しや、近親相姦と言う禁断の倒錯した世界も美しく表現されているなあと感じていました。

 

勇と郁子の兄妹が最後、銀色の月の光を浴びて、手を取り合い死出の旅に発つシーンは、キラキラとした光が見えるような幻想的な文章なんです。

 

僕は三島作品というと「耽美的」という言葉が浮かぶので、小川さんはこの戯曲をどう舞台上に表現されるのかと思っていたのです。

 

小川さんの「五人の登場人物たちは誰もが寂しくて孤独なんですが、実は一人一人が物凄く逞しさや力強さに満ち溢れていて、そこがたまらなく面白く思える」というコメントを聞いて、あぁ、そんな感じ方、捉え方を小川さんはされたのかと新鮮な思いで中継を観させてもらいました。

 

「感覚や雰囲気に流されることなく、非常に緻密でタフな演出」、「リアルで精緻な舞台作り」、「繊細で感度の高い世界」、「丁寧に戯曲の行間を掘り起こしている」と小川さんの舞台を観た評論家の方々はおっしゃっています。

 

今回、小川さんが初めて挑戦された、三島由紀夫さんが描いた生々しい人間ドラマを観て、「感覚や雰囲気に流されることない、リアルで精緻な舞台作り」という意味が理解できたように思います。とても良かったです。

 

デヴィド・ルヴォーが演出した『エレクトラ』を思い出しました。

 

今回も三島由紀夫戯曲の台詞の力強さに打たれました。やはり演劇って台詞だなぁと感じます。

 

詩的な美しい台詞にあふれた、文学として完成された、三島戯曲の素晴らしさに感銘を受けました。

 

演じる俳優さん達は、大変なんだろうと思いますが。

 

律子を演じた中嶋朋子さんはさすがの安定感でした。心の変化や揺れを繊細に表情や仕草で表すところは上手いなぁと思います。戯曲を読むと、母親であるよりも女であることを優先して生きている、官能的で欲望に正直な女性という印象だったのですが、夫には自由を束縛され、抑圧され、子供達との関係にも疲労し、悶え苦しんでいる女性として表現されていて、こういう捉え方もあるんだなと新鮮でした。ハムレットのガートルードやマクベス夫人を思い起こさせるキャラクターです。

 

恵三郎は家父長的存在ではなく、むしろ愛嬌すら感じる男として描かれていました。鶴見辰吾さんは達者に演じてられましたが、もっと高圧的で威圧感があり、憎々しい男のほうが良かったのではとも思いました。子供や妻が殺したいと思う男なのですから。哀れさは感じましたけどね。

 

勇を演じた林遣都さんは、父に怯え、母と妹の異常な愛に翻弄される、気弱で愛に飢えている青年を繊細に演じていました。透明感のある俳優さんですよね。苦悩する姿が美しいなんて同じ男として羨ましいです(笑)。

 

余命短い娘・郁子を演じた岡本玲さん。ずっーと瞳が潤んでいて、役柄に成り切っているんだなぁと感じました。愛する兄を誘惑し弄ぶ、美しい母親に対する「女」としての嫉妬や憎悪を叩きつけるような台詞回しで演じきっていました。

 

父親の妹で4人の家族と共に暮らす風変わりな女性、信子を演じた栗田桃子さん。地味なキャラクターですが、この物語の核となる人物だと思います。いつも黒い衣装を着ていて、自前の毛糸玉で編み物をしています。広い屋敷の隅で、愚かな人間達の滑稽な様を覗き見しながらほくそ笑む、死神のような存在だと思います。信子が歌う唄もどこか不気味です。

 

ギリシャ悲劇のようであり、シェイクスピア悲劇のようでもある、三島由紀夫さんが実際に起こった事件を元に書かれた傑作戯曲です。

 

最近、日本では、殺人事件のうち親族間で起こるものが60%を超えているといいます。親だ子だと言っても、憎しみを抱くことは誰にでもありますからね。

 

見た目は幸せそうに笑っていても、心に闇を抱えて生きている人はたくさんいるはずですし。

 

『熱帯樹』は約60年前に発表された物語ですが、決して昔話などではなく、現代にどこにでも起こり得る物語なのだと思います。

 

演劇の面白さを堪能しました〜。

 

三島由由紀夫さんの『肉体の学校』か『鏡子の家』を林遣都さんで舞台化してくれないかなぁ〜。

 

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