こんにちは。
家庭教師アニー・サリヴァンと三重苦の少女ヘレン・ケラーを題材にウィリアム・ギブスンが1959年に発表した戯曲『奇跡の人』が先月、2014年以来久しぶりに上演されました。
友人に誘われて観てきたので、今日はその感想を書いておきます。
アニー・サリヴァン役は、映像・舞台とジャンルにとらわれず活躍の場を拡げ続けている高畑充希さんが挑まれました。高畑さんは2009年と2014年に演じたヘレン・ケラーを経て、今回アニー・サリヴァンに初挑戦でした。
ヘレン・ケラー役には、2013年放送のNHK大河ドラマ『八重の桜』で、綾瀬はるかさん演じる主人公・八重の幼少期を演じて注目を集め、以降、ドラマ、映画、CM等で活躍し、これが初舞台となる鈴木梨央さん。
この二人を取り巻く家族には、ヘレンの父アーサー・ケラーに益岡 徹さん、母ケイト・ケラーに江口のりこさん、兄ジェイムズ・ケラーに須賀健太さん、久保田磨希さん、青山 勝さん、増子倭文江さん、原 康義さんらが顔を揃えました。
『奇跡の人』
東京芸術劇場 プレイハウス
◎作:ウィリアム・ギブソン
◎訳:常田景子さん
◎演出:森新太郎さん
《キャスト》
◎アニー・サリヴァン:高畑充希さん
◎ヘレン・ケラー:鈴木梨央さん
◎ケイト・ケラー:江口のりこさん
◎アーサー・ケラー:益岡徹さん
◎ジェイムズ・ケラー:須賀健太さん
◎ヴァイニー:久保田磨希さん
◎アナグノス / 召使い:青山勝さん
◎エヴ伯母:増子倭文江さん
◎医師 / ハウ博士:原康義さん
◎パーシー / 学校生徒:水野貴以さん
◎マーサ / 盲学校生徒:橋本菜摘さん
◎盲学校生徒 / 犬オペレート:乙倉遥さん
【ストーリー】
アラバマのケラー家。アーサー・ケラー大尉(益岡徹さん)とその妻ケイト(江口のりこさん)がベビー・ベッドを心配そうに覗き込んでいます。1歳半の娘ヘレン・ケラー(鈴木梨央さん)が熱を出したのでした。やっと熱が下がり安心したのも束の間、ヘレンは音にも光にも全く反応しなくなっていました…。
それから5年。それ以降、ヘレンは見えない、聞こえない、しゃべれない世界を生きています。そして、それゆえ甘やかされて育てられたヘレンは、わがまま放題。まるで暴君のように振る舞うヘレンを、家族はどうすることもできないでいました。そんな折、ボストン・パーキンス盲学校の生徒アニー・サリヴァン(高畑充希さん)の元に、ヘレンの家庭教師の話が舞い込んできます。誰もがお手上げの仕事ではあリマしたが、孤独で貧しい環境を20才まで生きてきたアニーは、自立という人生の目標を達成するため、初めて得た仕事に果敢に挑戦しようとするのです。
はるばる汽車を乗り継いでケラー家にたどり着いたアニー。アーサー、そしてヘレンの義兄ジェイムズ(須賀健太さん)は、余りにも若い家庭教師に疑念を抱きますが、ケイトだけはアニーに望みを掛けるのです。
そして、アニーとヘレンの初対面の時。ヘレンはアニーに近づき、その全身を手で探るのです。それはふたりの闘いのはじまりでした…。
僕が、ヘレン・ケラーという女性の存在を知ったのは、小学生の頃、図書館で読んだ伝記本(児童書)からでした。
僕は幼い頃から本を読むのが大好きな超文化系な男なんです(笑)。
学校の図書館は色んな本が読める場所で静かだし、大好きな場所でした。
江戸川乱歩さんが書かれた小説を子供向けにアレンジした『少年探偵団』シリーズやコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズや、ギリシア神話が大好きだったので、その神話に登場する伝説の都市トロイアを発掘した、ハインリヒ・シュリーマンに夢中になったり、巨人ゴーレムや見た人を石に変えてしまう、髪の毛が蛇のメドゥーサ等、ある土地に伝わる伝承を集めた物語や、異次元空間や超常現象を扱った物とかが大好きで夢中になって読んでいた変わった子供でした(笑)。
世界の偉人伝も大好きで読んでいたのですが、色々読んだ中で印象に残っているのが、エジソンとニュートンとヘレン・ケラーです。何故この三人なのかと聞かれるとよく分からないのですが、その中でもヘレン・ケラーの人生は強く心に残っていました。
眼も見えない、耳も聞こえない、言葉も話せない…。
『三重苦』という言葉を知ったのはヘレン・ケラーの本を読んでからです。
ヘレン・ケラーが背負った障害は、生まれ持ったものではなく、2歳のころに患った病気によるものということが僕には衝撃でした。
僕は子供ながらに、自分の身に置き換えてみたんです。
眼も見えなくなり、耳も聞こえなくなったうえ、言葉も話せないなんて…。僕だったらどうするだろう? 誰かの手を借りなければ生きていけないことに耐えられるのだろうか…?
彼女のことを心配した両親は、電話の発明者で聾者の教育者としても知られているアレクサンダー・ベルに相談したんです。そのベルが当時6歳のヘレンの家庭教師として紹介したのが、盲学校の卒業生のアニー・サリヴァンだったんです。これ以降、ヘレンとサリヴァンは生涯を通じた友として付き合うことになったんですね。
当初サリヴァンはヘレンの指導に苦労しますが、ある日ヘレンとの散歩中に井戸水を見つけます。その水をヘレンの手に注ぎつつ指文字で「water」と何度もつづるとヘレンはそれを理解できるようになるのです。
ヘレンはこのサリヴァンの指導法で、この世界に言葉があることを理解していくんですね〜。
その翌月には点字の本が読めるようになり、さらにその1月後には簡単な手紙を書けるようになるなど、彼女の能力はどんどん上達していき、その後、サリヴァンの出身校であるパーキンス盲学校に移り、口語法などをマスターしていきます。
一方でサリヴァンはヘレンに付き添い、世界中のすべての事柄を指文字で通訳して教えました。やがて、ヘレンはこれらのことを通じて社会問題にも興味を持つようになるのです。
その後は、ヘレンは16歳でボストンのケンブリッジ女学校、20歳でラドクリフ女子大学に進んで様々な知識を吸収していき、卒業後は「盲人のために尽くすこと」を使命とし、盲人の社会進出を訴える活動を開始します。
講演や著述を通じて公民権運動や人権運動、反戦運動などの社会運動にも積極的に参加していきました。
また、ヘレンは生涯で3度にわたり日本に来日しています。彼女は講演を通じて多くの日本人に感銘を与え、日本における盲人援護の歴史に大きな足跡を残したのです。
ヘレン・ケラーの生涯は三重苦を克服し、その後世界中を歴訪し自らの障害の経験と、盲人に対する援助の必要性を訴え、障害者の教育・福祉の発展に尽くした、まさしく弱者のための生涯だったといえますね。
三重苦を乗り越え、たゆまぬ努力によって人生を切り開いたヘレンの一生は、伝記を読んだ僕の心に深い感銘を与えてくれたのです。
ヘレンが不可能を可能にできたのは彼女の驚異的な努力と、サリヴァン先生の存在抜きにはありえませんでした。
ヘレンがサリヴァン先生に出会えたことも一つの『奇跡』なのではないでしょうか。
小学校6年生の時です。
ある日曜日の夕方、クラスメイトのお母さんから電話がありました。
「担任のN先生からの伝言です。今日の夜9時から、TVで『奇跡の人』という映画が放送されます。とても素晴らしい映画ですから、親子で観てください。明日、子供達に感想を聞きたいと思います」と。
まだ携帯電話やメール等がない時代ですから、これをクラス名簿の順番にリレーで電話をしてほしいというのです。
N先生は当時、27歳。男性でした。
僕はこんなことを学校の先生が電話で伝えてくるなんて初めての経験でしたが、『奇跡の人』がヘレン・ケラーのことを描いた映画と知り、明日、先生に逆に質問してやろうと思い観はじめました。
そして大感動し、翌日クラスではその話で盛り上がりました〜。先生が教えてくれなければあの時、この作品には出会えなかったし、あの年齢で観れたからこそ意味があったんだと今では思えます。
その後も先生からは何度かそんな電話が回ってきました。
『サウンド・オブ・ミュージック』や『ローマの休日』も先生に進められて知った映画です。
子供の頃に観ておいたほうが良い映画ってあるんですよね〜。N先生に感謝です。
『奇跡の人(原題:Miracle worker)』は最初、1959年に舞台で上演されました。トニー賞(ベストプレイ賞)を受賞しました。
アニー・サリヴァン役はアン・バンクロフト、ヘレン・ケラー役はパティ・デュークです。
映画版は舞台が好評を博したため、3年後に同じキャストでアーサー・ペン監督により映画化されたんです。日本公開は1963年。
1962年のアカデミー賞ではアニー・サリヴァン役、アン・バンクロフトは主演女優賞、ヘレン・ケラー役、パティ・デュークは助演女優賞を受賞しました。
アン・バンクロフトは僕の好きな女優さんのお一人です。『卒業(1967年)』のダスティン・ホフマンを誘惑するミセス・ロビンソンといえばお分かりになる方も多いでしょうね。この作品でゴールデングローブ賞主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) 受賞されているし、『女が愛情に渇くとき(1964年)』では英国アカデミー賞主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ドラマ部門) 、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞されている名女優です。
『女が愛情に渇くとき(1964年)』はソフト化もされていないし、CS放送もなかなかされません。残念です〜。
僕はその他に『リップスティック(1976年)』、『愛と喝采の日々 (1977年)』、『エレファント・マン (1980年)』、『トーチソング・トリロジー(1988年)』も大好きです。
今回、久々に舞台『奇跡の人』を観させていただくことになったので、映画版のDVDをコレクションの中から引っ張り出し、予習の為に鑑賞しました。初めてこの作品を観た小学生の頃の気持ちを思い出し、またまた目頭が熱くなりました〜。
歳なんですかね〜(笑)。本当に涙もろくなっちゃって。
僕が舞台で『奇跡の人』を初めて観たのは1992年頃かなあ。
テリー・シュライバーという方が演出で、アニー・サリヴァン役は大竹しのぶさん、ヘレン・ケラー役は中嶋朋子さんでした。
僕が舞台を見始めた頃で、舞台というものの面白さや魅力を教えてくれた作品の一つだったと思います。素晴らしい舞台だったという記憶はありますね。カーテンコールの拍手の音の大きさを今でも覚えているくらいです。
今回の舞台も本当に素晴らしかったです。
高畑充希さん。全力でアニー・サリヴァンに成り切ろうと奮闘する姿がとても清々しくて、美しいと思いました。決して諦めることのないアニーの意志の強さに僕、何度も涙が溢れてしまいました〜恥ずかしい〜(笑)。
ヘレン・ケラー役の鈴木梨央さん。この役は誰にでもできる役ではなく、非常に難しい役だと思いますが、初舞台とは思えない、可憐な容姿からは想像できないバイタリティで見事にヘレンの強さ、そして悲しみと孤独を演じきっていました。魂の伝わる演技でしたよ〜。
ヘレンの父、アーサー・ケラーを演じたのは益岡徹さん。アーサー・ケラーは南部軍の元将校で、退役して新聞社を経営する実業家です。立派な邸宅に住み、黒人の使用人を使い、裕福で、仕来りを重視し、家族をも命令して従わせる傲慢な男です。でも益岡さんが演じると、家長として、回りには弱さを見せてはいけないないと肩肘を張り、窮屈に生きている、根は優しい男に見えるから不思議です。
ヘレンの母、ケイトを演じたのは江口のりこさん。ケイトは後妻です。ヘレンにこんな障害を負わせてしまったのは私のせいなのかという苦悩と、そんな身体になってしまった娘への贖罪と憐れみに絶えず揺れ動き、いけない事だと分かっていても、ヘレンを甘やかす事しかできない母親としての哀しみを見事に演じてらしたと思います。江口さんって独特の雰囲気を持った、個性的な女優さんですけど、普通の主婦も、弁護士でも代議士の妻でも、今回のような上流階級の婦人でもなんでもこなす不思議な女優さんですね。ドラマ『時効警察』の頃から注目してました。好きです。
アーサーと前妻との息子、ヘレンの腹違いの兄ジェイムズを演じたのは須賀健太さん。おぼっちゃま育ちで苦労知らず。仕事をしているのかも定かではありません。性格は気ままで、余計な一言で回りを傷つけてしまったり、波風を知らず知らず立ててしまう青年です。厳しい父親には頭が上がらず、いつも怒鳴られています。でも心根は優しく、常にヘレンのことを気にかけています。須賀さんはそんなジェイムズを繊細に演じていました。最後にいつも抑圧されていた父親に反抗するシーンがあるんです。いいシーンなんですよね。良かったです。
この物語は、サリヴァンがヘレンに文字を教える時の壮絶なバトルシーンに目がいってしまいがちだと思うのですが、サリヴァンが現れたことによって、ヘレンを取り巻く回りの家族たちの心を縛っていた鎖や枷が少しづつ取り払われて、一人一人が自我を取り戻す物語でもあるんだと今回の舞台を観て強く感じる事ができました。
アニー・サリヴァンは、自分も視覚障害者であり、何度も目の手術を繰り返し、見えるようにはなったものの弱視でした。片時もサングラスが手放せません。劣悪な環境下の施設で足が不自由だった弟と過ごし、弟は亡くなり天涯孤独の若い女性でした。
それに引き換え、ヘレンは生まれた時から裕福で、何一つ不自由のない暮らしをし、家族の愛と憐れみの為に、わがまま一杯に育った女の子です。言葉というものを知らず、目も見えず耳も聞こえない、しゃべることもできないというハンデはありましたが…。
サリヴァンからすると、ヘレンは自分とは真逆の育ち方をしてきた女性です。
サリヴァンを突き動かしたものは何だったんでしょう? 与えられた使命を全うしようという責任感だったのか。報酬のためでもありません。やはり、ヘレンを障害があったとしても一人の普通の女性としての人生を歩ませてあげたいという深い愛情があったからだと思います。
その為には、やりすぎだと言われても、自分が育った環境を省みて、真っ当な人間になるには、厳しさも必要なのだとサリヴァンは思っていたのではないでしょうか。
ヘレンに様々な物に触れさせては物の綴りを限られた時間の中で教え続けたサリヴァンの気の遠くなるような行為には頭が下がります。
回りに理解されなくても、自分の信念を貫いたサリヴァンはカッコいいですね。
素敵な舞台を観させていただきありがとうございます。
何度も泣かされました(笑)。
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