こんにちは。
先日、浅利慶太さんプロデュース公演『アンドロマック』を友人に誘われて観てきたので、今日はその感想を書いておきます。
『アンドロマック』を演出・ブロデュースされた浅利慶太さんは劇団四季の創設者で7月13日に85歳で亡くなられました。
浅利慶太さんのお別れの会が今月18日、帝国ホテルで開かれていましたね。
今回、アンドロマックを演じられた、浅利さんの妻である野村玲子さんはお別れの会でこう挨拶をされていました。
「主人は人間が好きでした。仲間が好きでした。役者の新しい才能を見出し、その成長する姿にいつも目を細めて喜んでおりました。その眼差しは20歳で劇団を創立したその当時から少しも変わらない純粋な演劇青年の瞳そのものだったように思います」と浅利さんを偲び、「これからも主人が大切にしてきた演劇への思いを受け継いで活動を続けてまいりたいと思っております」と胸の内を語ってらっしゃいました。
『アンドロマック』は浅利さんが最後に企画、準備を手がけた作品となってしまいました。浅利さんは1966年の日生劇場プロデュース公演で『アンドロマック』の演出を初めて手がけられ、その後自身が代表を務めた劇団四季では2002年、2004年に上演が行われました。
浅利慶太さんは、この公演を観ることなく、旅立たれてしまいましたが、浅利さんが生前残された細かな演出プランに基づいて上演されました。まるで遺言のようですね。
『アンドロマック』の作者、ジャン・ラシーヌは17世紀フランスの劇作家で、フランス古典主義を代表する悲劇作家です。
初演は1667年、オテル・ド・ブルーゴーニュ座で、王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュのために上演されました。
『アンドロマック』は、フランスの学校では、劇の古典として、最も多く読まれ、研究されている作品だそうで、コメディ・フランセーズのレパートリーの中でも最も由緒ある劇と言われています。
上映時間4時間に及ぶジャック・リヴェット監督の『狂気の愛(1969年)』という映画作品があるのですが、舞台『アンドロマック』のリハーサルを中心にして物語が進行するんです。
フランス国民には馴染み深い作品なんですね。
『アンドロマック』
◎作:ジャン・ラシーヌ
◎翻訳:宮島春彦さん
◎演出:浅利慶太さん
◎装置: 金森 馨さん
◎照明: 吉井澄雄さん
◎コスチュームデザイナー: ルリ・落合さん
◎音楽: 松村禎三さん
◎美術監督: 土屋茂昭さん
◉アンドロマック:野村玲子さん
◉ピリュス:近藤真行さん
◉エルミオーヌ:坂本里咲さん
◉オレスト:桑島ダンテさん
◉ピラド:劉 毅さん
◉クレオーヌ:田野聖子さん
◉セフィーズ:服部幸子さん
◉フェニックス:斎藤譲さん
◉オレストの部下:折井洋人さん 与那嶺 圭太さん 関 廣貴さん 池田泰基さん
『アンドロマック』はこんな物語です。
トロイ戦争にギリシャ軍として参戦したエピール国王ピリュス(近藤真行さん)は、その武勲を讃えられ、スパルタ王より王女エルミオーヌ(坂本里咲さん)を婚約者として与えられます。
ところが、彼は捕虜として連れ帰った敵方の妃アンドロマック(野村玲子さん)に心を奪われ、ギリシャ軍の意向に背き、その息子アスティアナクスともども宮殿内に匿ってしまいます。そこへ、ピリュスに対して広がるギリシャの不信と不満を収拾すべく、今は亡きギリシャの総大将アガメムノンの息子オレスト(桑島ダンテさん)がピリュスのもとを訪れます。表向きは、トロイ王家の血を引く遺児アスティアナクスを生贄として差し出させるのが訪問の理由ですが、オレストの心中は熱愛する従妹のエルミオーヌのことでいっぱいでした。
ピリュスはアンドロマックを愛するあまり、エルミオーヌとの婚礼を延ばし延ばしにしていましたが、当のアンドロマックは、亡夫エクトールへの貞節を守り、彼の求愛を拒み続けていました。
一方エルミオーヌは、ピリュスに裏切られた怒りと嫉妬のあまり、彼とアンドロマックの仲を引き裂こうと謀り、自分に思いを寄せるオレストを恐ろしい復讐の企てに引き込んでいくのです。
自分の意に添わないアンドロマックに業を煮やしたピリュスは、遺児アスティアナクスをギリシャに生贄として差し出し、エルミオーヌを妻にすると言い出します。
アンドロマックは愛息の命乞いにエルミオーヌのもとへやって来ますが、エルミオーヌが憎いアンドロマックの言葉に耳を貸すはずもありません。
絶望したアンドロマックに残されたのは、ピリュスの慈悲にすがることだけでした。未練たっぷりのピリュスは、自分の妻になってくれるならエルミオーヌとの婚約を破棄し、アスティアナクスの命を助けようと申し出ます。
愛息を守るために決断を迫られるアンドロマック。裏切りの憎悪に炎をたぎらせるエルミオーヌ。国運を賭けて愛を選択するピリュス。思いがけない展開に混乱るオレスト。
運命の歯車が回り、愛と復讐劇に意外な結末が訪れるのでした…。
ラシーヌの代表作である『アンドロマック』の初演は1667年。350年以上も前に書かれたフランス劇ですが、登場人物の生き生きとした描写、心理の駆け引き、ドラマチックな筋立てなど、どんな時代にも通じる“現代性”を持っていて、古臭さは全くありませんね〜。
宿命を背負った4人の男女の片思いが生み出す愛の不条理劇が繰り広げられる様は、現代のテレビドラマや少女漫画でも描かれる、普遍的なものだと思います。
ラシーヌが多くの作品で追求し続けたテーマは恋愛、片思いの連鎖と言われています。
『悲劇的な恋愛』大好物です!(笑)。
フランス国民に愛されている意味がなんとなく分かります。「不条理な愛」って好きそうですもんね。フランス人って。勝手な想像ですけど(笑)。
フランス古典演劇には「三一致の法」といわれる演劇理論があるんだそうです。つまり、戯曲は“時”と“場所”と“筋”が一致しているべきで、24時間以内に、同一場所で、一つの筋で展開する芝居こそが、人々の興味や関心を引き付ける、とするものなんだそうです。
同一のセット・装置で、大きな場面転換や暗転などが無いんです。
ラシーヌは、この演劇理論を極限まで推し進めて完成させた詩劇人と言われているんですね。
今回の金森 馨さんの装置は素敵でしたね〜。劇団四季といえば金森さんですよね〜。金森さんは1980年に胃癌のため47歳で亡くなられていますが、昭和28年、劇団四季に入団され、同劇団のほとんどの舞台美術を担当されていたんです。
そして吉井澄雄さんの照明がまた素晴らしかったです!照明の変化で時間を表現されるんですけど、美しいんですよ〜それが〜。僕は照明にずっとうっとりしていました。
吉井さんは、東京学芸大学在学中に劇団四季の創立に参加され、以来、演劇、オペラ、ミュージカル、舞踊と幅広い分野で照明デザインの第一人者として活躍されています。1964年から日生劇場と二期会を中心に、モーツァルトとワーグナーのほとんど全作品を手掛けられ、我が国におけるオペラ照明の技法を確立された方です。
蜷川幸雄さん演出の舞台でもお名前をよく拝見させていただきました。
『アンドロマック』のオープニングで、赤い照明だけでトロイ戦争を表現されていて、戦いが終わった後のキラキラと輝く海の表現など、美しくて素晴らしくて感動してしまいました!
吉井さんは本当に素晴らしい照明家です!
この恋愛悲劇を綴りなすラシーヌの原文は、12音節の韻文で描かれていて、それを格調高い日本語に翻訳したのは宮島春彦さん。
その格調高い台詞の一言一句を言葉にして、観客に届けなければいけない…。演者の皆さんはさぞ大変な努力をされたのだと思います。
完璧な台詞術を成し得てこそ、優雅な言葉のドラマが表現できるのではないでしょうか。
野村玲子さんと坂本里咲さん、ベテランお二人の女同士の情念のぶつかり合いは見応えありましたね〜。
野村さんは浅利さんの奥様でもあるし、哀しみが癒えぬ間の公演であったでしょうし、浅利さん亡き後の責任の重さや、失敗は許されないなど、色々な想いもあったでしょうが、タイトルロールを演じる女優としての華と強さを僕は感じさせてもらいました。
僕は野村さんが演じる『李香蘭』が大好きです。
近藤真行さんと桑島ダンテさんはまだお若いので、まだまだ台詞が自分言葉になっていないところがあるように思いましたね。
野村玲子さんと坂本里咲さん、お二人との役者としてのレベルというか力量というか差がまだまだありますからね〜お二人は。
何年後かにもしまた『アンドロマック』が再演されて、近藤さんと桑島さんが同じ役を演られる時があったら、「あの時より、凄くよくなってる」と思わせて欲しいなと思います。期待していますね。
僕と友人が鑑賞した日は、千秋楽でした。
カーテンコールで坂本里咲さんよりご挨拶がありました。
本日は『アンドロマック』千秋楽にご来場いただきまして誠に有難うございました。いつもなら客席の一番後ろで舞台を見守っている演出家、浅利慶太は、7月13日に永眠いたしました。演出家のいない稽古はとても心細く、不安でしたが、浅利から教わった芝居作りの基本と舞台を共に作る仲間を信頼すること、このことを胸にスタッフ出演者一丸となり、今日までたどり着くことが出来ました。浅利慶太の祈りは、生きる勇気と感動をお客様にお届けすることです。私達はこの祈りをしっかり受け継いでいきたいと思っています。これからもご支援のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。本日はありがとうございました。
こうした、正統的な古典劇を上演してくれる劇団が一つくらいなければならない。僕はそう思っています。浅利さんが演劇に捧げた魂を受け継いで、いつまでも大切にしていただきたいと思います。
愛するがゆえに苦しみ、苦しむがゆえに憎悪が生じる、愛と憎しは背中合わせ。そんなことを感じさせる舞台でした。
愛によって人はしたたかにも、愚かにもなるんですね〜(笑)。
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