こんにちは。

1950年代から映画・テレビ・舞台で数々の名作に出演し、日本を代表する名優のお一人で、2012年に80歳を迎え、俳優生活60年の集大成を作り上げようとしている仲代達矢さんに完全密着した「ノンフィクションW 仲代達矢 いざ、最後の舞台へ」というドキャメンタリーが先月、WOWOWで放送されました。その番組を観て、仲代達矢という俳優のことをもっと知りたいと思い、仲代さんが書かれた「遺し書き—仲代達矢自伝」と、映画史・時代劇研究家の春日太一さんが、仲代さんにインタヴューし、まとめられた「仲代達矢が語る 日本映画黄金時代」という本を読んだので、今日は僕が思う役者、仲代達矢さんのことを書いてみたいと想います。

「ノンフィクションW 仲代達矢 いざ、最後の舞台へ」という番組は、小林正樹監督の「切腹」という作品でカンヌ映画祭の授賞式出席のためにフランスへ行かれた時に、亡き恭子夫人とパリでご覧になられた「授業」という思い出深い舞台の、東京・世田谷にある仲代劇堂で、仲代さんが主宰されている「無名塾」の塾生との上演に向けての稽古風景と、役を作り上げるまでの仲代さんの「もがき」「苦悩」「試練」を追ったとても興味深い内容でした。

「授業」というお芝居は、老教授と女生徒の奇妙な個人授業を描いた不条理劇だそうです。僕は観たことがないのでなんとも言えないのですが、観終わってもこの物語で作者は何を伝えたかったのだろうと誰もが思う、一筋縄ではいかない作品のようでした。不条理劇ってだいたいそういうものですけどね(笑)。仲代さんが半世紀にわたって上演を焦がれてきた作品なんです。今年2月、1回50席限定の公演だったそうですが、「もうこれが最後の舞台になってもかまわない」と、この舞台のために気力、体力を振りしぼり、命懸けで取り組む仲代さんの役者魂に感動しました。

このお芝居、観に行きたかったですね~。でも2月は入院してたんです。残念です。WOWOWさん、ドキュメンタリーを製作したのですから、この舞台の中継もしてくれるんですよね? なんかなさそうなんですけど…。

僕は過去に1度だけ、仲代さんの舞台を観ています。1998年、池袋のサンシャイン劇場で公演された「愛は謎の変奏曲」というお芝居です。フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットさんの作品で、風間杜夫さんとの2人芝居、演出は宮田慶子さん。

共演の風間杜夫さんとは、映画版の「熱海殺人事件(1986年)」でも共演されていました。

下界との交流を絶ち、ノルウェー沖の孤島で一人暮しをしているノーベル賞作家アベル・ズノルコ(仲代達矢さん)の元に、地方新聞の記者エリック・ラルセン(風間杜夫さん)がインタビューに訪れます。ある男女の官能的な手紙のやりとりを綴った書簡集「未完の愛」を発表した作家に記者はインタビューを進めていくのですが、ズノルコにとって「愛」とは何なのか、会話が進むについれて互いの秘密、衝撃的な真実が明かされてくのです…。

深く愛について語る、大人の会話劇でした。ラストは胸が熱くなる感動作でしたよ~。生で観る仲代さんはやはり迫力がありました(笑)。

仲代達矢さんは、劇団俳優座出身で、「無名塾」を主宰し、後進の育成にも努められ、舞台演劇と映画・テレビドラマの分野で活動を続けてこられた、戦後の日本を代表する俳優のお1人です。僕は舞台俳優としての仲代さんはあまり観る機会がなかったのですが、映画俳優としての仲代さんは、幼い頃から親しんできました。

僕が思い出すだけでも、市川崑監督、黒澤明監督、岡本喜八監督、成瀬巳喜男監督、山本薩夫監督、舛田利雄監督、豊田四郎監督、熊井啓監督、勅使河原宏監督など、錚々たる名監督に繰り返し起用されて、出演映画がアメリカのアカデミー賞と世界三大映画祭(カンヌ・ヴェネツィア・ベルリン)の全てで受賞していて、出演作25本のキネマ旬報ベストテン入賞回数は、主演級スターとしては三國連太郎さんに次ぐ数字で、3位は三船敏郎さんなんです。三國さんや三船さんは映像でのお仕事が主な方々ですが、仲代さんは舞台でも長年、活躍されているところがお二人とは異なるところですね。この功績により1996年紫綬褒章受章、2003年勲四等旭日小綬章受章。2007年に文化功労者となられているのです。

僕の好きな、仲代さんの出演作をあげてみますね。
炎上(1958年、市川崑監督)
鍵(1959年、市川崑監督、カンヌ国際映画祭審査員賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞作品)
人間の條件「第一部」~「第六部」(1959年~ 1961年、小林正樹監督、ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞、イタリア批評家賞受賞作品)
女が階段を上る時(1960年、成瀬巳喜男監督)
用心棒(1961年、黒澤明監督、ヴェネツィア国際映画祭主演男優賞、アカデミー賞衣装デザイン賞ノミネート)
永遠の人(1961年、木下惠介監督、アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)
椿三十郎(1962年、黒澤明監督)
切腹(1962年、小林正樹監督、カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞作品)
天国と地獄(1963年、黒澤明監督)
怪談(1964年、小林正樹監督、カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞、アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)
四谷怪談(1965年、豊田四郎監督)
他人の顔(1966年、勅使河原宏監督)
殺人狂時代(1967年、岡本喜八監督)
上意討ち 拝領妻始末(1967年、小林正樹監督、ヴェネツィア国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞作品)
地獄変(1969年、豊田四郎監督)
いのちぼうにふろう(1971年、小林正樹監督)
激動の昭和史 沖縄決戦(1971年、岡本喜八監督)
哀しみのベラドンナ(1973年) 悪魔(声の出演)
華麗なる一族(1974年、山本薩夫監督)
青春の門(1975年、浦山桐郎監督)
吾輩は猫である(1975年、市川崑監督)
金環蝕(1975年、山本薩夫監督)
不毛地帯(1976年、山本薩夫監督)
女王蜂(1978年、市川崑監督)
雲霧仁左衛門(1978年、五社英雄監督)
火の鳥(1978年、市川崑監督)
ブルークリスマス(1978年、岡本喜八監督)
闇の狩人(1979年、五社英雄監督)
影武者(1980年、黒澤明監督、カンヌ国際映画祭グランプリ、アカデミー賞美術賞・外国語映画賞ノミネート、セザール賞外国語映画賞、英国アカデミー賞監督賞受賞作品)
二百三高地(1980年、舛田利雄監督)
日本の熱い日々 謀殺・下山事件(1981年、熊井啓監督)
鬼龍院花子の生涯(1982年、五社英雄監督)
乱(1985年、黒澤明監督、米国アカデミー賞衣裳デザイン賞(ワダ・エミさん)受賞作品)
陽炎(1991年、五社英雄監督)
犬神家の一族(2006年、市川崑監督)

今の日本映画界ではもうお目にかかることのできないような、監督の個性が際立った、艶やかな作品群です。何度観ても、観飽きないですね~。

こんな作品たちとどう向き合い闘って、作ってこられたのかを、春日太一さんが仲代さんにインタヴューしてまとめられた本が「仲代達矢が語る 日本映画黄金時代」です。仲代さんの映画人としての人生が凝縮された1冊です。仲代さんの作品歴を見ていると、「虚無」、「冷酷」、「非情」、「無頼」などの言葉が浮かびますが、僕は、三國連太郎さんや三船敏郎さんにはない「気品のある重厚さ」が仲代さんの魅力のように感じます。

僕の大好きな市川崑監督が撮った2作品、鍵(1959年、カンヌ国際映画祭審査員賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞作品)のちょっと薄気味悪い、負のオーラを放っている、なんかフニャフニャした男や、吾輩は猫である(1975年)の神経衰弱気味の苦沙弥先生の仲代さんも絶妙で、「重厚」さだけではない「おかしみ」を表現できるのも仲代さんの魅力だと思います。

豊田四郎監督、1969年の作品、「地獄変」も印象深いです。悪趣味でイマイチと言う人もいますが、幼い頃に観て、強烈に印象に残った作品なんです。「宇治拾遺物語」から題材を取った芥川龍之介さんの原作の映画化なのですが、堀川の大殿を演じていたのは中村錦之助(萬屋錦之介)さん。大殿に対して意地を張る絵師・良秀を仲代達矢さんが演じていました。平安朝を再現した村木忍さんの美術が見事なんですよ~。殿上人の衣装も壮麗で、今じゃとても映像化は無理ですね。CGのない時代の見事なプロの仕事振りが堪能できる作品です。山田一夫さんの撮影も平安絵巻のように美しいし、音楽は原作者の息子、芥川也寸志さんです。

東宝さんは、市川崑監督の「吾輩は猫である」もそうですが、過去の作品のDVD化にあまり積極的な会社ではないようですね。ゴジラシリーズや黒澤明監督作品は人気があるからでしょうブルーレイ化されていますが、「地獄変」なども是非DVD化してほしい作品ですね。

「哀しみのベラドンナ(1973年)」も大好きな作品です。虫プロダクションが制作した劇場用アニメーション映画です。「千夜一夜物語」「クレオパトラ」と続いた虫プロダクション制作の劇場用成人向けアニメシリーズ「アニメラマ」の成功を受けて制作されたもので、娯楽性を排した「アニメロマネスク」というキャッチフレーズのもと、文芸色を深めたストーリーで、耽美的エロティシズムに満ちた名作だと思います。愛する夫のために悪魔に肉体を売った女性、ジャンヌの哀しき物語を描いています。主役のジャンヌの声は長山藍子さん。映像にびったりです! 悪魔の声が仲代達矢さんなんです!色っぽくて驚きますよ。この作品はDVD化されています。たくさんの人に観てほしい作品ですね。

女が階段を上る時(1960年、成瀬巳喜男監督)の仲代さんも良いですね~。銀座のバーの雇われマダムの厳しくも哀しい愛を描いた名作です。高峰秀子さん演じるマダムのお店のマネジャー、小松を演じられてました。マダムへの恋心を持ちながら、側で見守っている男でしたね。

仲代さんは高峰秀子さんのことをこうおっしゃっています。
「日本の女優には珍しく、人間のニヒリズムってものをやっぱり強烈に出した人ですよ。なんか女の意地みたいなものをね。私たちから見ると、それはまたステキなんだけど、美しいだけじゃない、きれいなだけじゃない、それから、かわいらしいとかっていうのを削いだ女優でした。女の本質を演技で出していった。それから気怠さってものを実に見事に表現されて。」

高峰秀子という女優のことを見事に言い表されてますね。美しいだけじゃない、きれいなだけじゃない、それから、かわいらしいとかっていうのを削いだ女優…。今、日本で活躍されているたくさんの女優さんたちは、何故いつまでも「娘」でいたがるのでしょう。「女」を感じさせる女優さんが少なすぎると思うのは僕だけでしょうか。理想の上司とか好感度何位とかに選ばれることがそんなに重要ですか? 疑問ですね。マスコミが勝手にイメージ付けしてるだけかもしれませんけど。可愛いだけじゃつまらないですよ。女優は(笑)。でもベッドシーンをやればいいってもんでもないんですよ~。勘違いしないでね(笑)。

永遠の人(1961年、木下惠介監督、アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)も高峰さんと共演された、これまた名作ですね。大好きです。阿蘇山の麓を舞台に、戦争に引き裂かれた小作人の娘と恋人、足を戦地で負傷した地主の息子とが織りなす、30年間に及ぶ辛苦を描いた作品です。仲代さんは戦地で足を負傷して帰還した地主の息子・平兵衛。小作人の娘さだ子(高峰秀子さん)には隆(佐田啓二さん)という恋人がいましが、平兵衛に力づくで犯され、入水自殺を図るも果たせず、やがて隆にも去られて、平兵衛と結婚させられるのですが…。この2人の憎悪の凄まじいクロニクルが観る者を圧倒します。人生を後姿で表現しきる、高峰さんは素晴らしいです! 狂気じみてはいますが、そうとしか生きられなかった男の哀しみを仲代さんは見事に表現されています。

黒澤明監督、小林正樹監督、岡本喜八監督、山本薩夫監督作品の仲代さんはもちろん素晴らしいです。でも今回はちょっと地味めの仲代さんを紹介してみました(笑)。

「仲代達矢が語る 日本映画黄金時代」の中で僕が印象的だったのはやはり、黒澤明監督の影武者(1980年、カンヌ国際映画祭グランプリ、アカデミー賞美術賞・外国語映画賞ノミネート、セザール賞外国語映画賞、英国アカデミー賞監督賞受賞作品)の主役交替劇の話ですね。最初、主役は勝新太郎さんで発表されたんです。しかし黒澤監督との確執で降板されます。この辺りの事情は色んな本で書かれているので、ここでは書きませんが、仲代さんが勝さんの変わりに引き受けられて(仲代さんは代役だとは思っていないとハッキリおっしゃっています!)、映画は無事完成し、海外でも高い評価を受けました。けれど日本での公開当時から、「やはり主役は勝新太郎が良かったんじゃない?」という人が結構いて、マスコミもそういう書き方をしていました。

そういう心ない言葉に対し、仲代さんは「でも、勝さんの影武者は見ていないだろう、あなたたち」って言いたいです。想像だけで存在しないものと比べられてもね。「影武者」を演じたのは、私しかいないんです。とおっしゃっています。役者としてのプライドを強く感じますね。僕もそう思います。同じ役柄を演じた者同士であれば、比較されても良いでしょう。でもこの役はあの人だったらもっと良かったのに、なんて意味のない話だと思います。黒澤監督の作品に出演している勝さんも観たかったけど。というのなら分かりますけどね。

「遺し書き―仲代達矢自伝」という本は 2001年に主婦と生活社から刊行された同名の単行本に、2007年と2010年に取材された2本のインタビューからなる第二部「役者人生を語る」を加えて文庫化したものです。仲代さんの自伝とありますが、実際は1996年に、前年発見された膵臓ガンで急死された妻・恭子さんとの関係と熱い想いを書き下ろしたものでした。

妻・恭子さんは仲代達矢さんより1歳年上で、俳優座養成所の先輩に当たります。仲代さんと交際しはじめた頃は、俳優座の若手の中でも売れっ子だったといいますが、1957年に仲代さんと結婚してきっぱりと女優をやめられ、1970年代から脚本家として活動し、1975年には仲代さんと共に無名塾を創立されました。演出もされていましたね。

「演劇」という魂に固く結ばれたお二人という感じがしました。俳優、仲代達矢が今あるのは、妻・恭子さんの力強いサポートがあってこそだったんだと知らされます。

恭子さんは、とても大きな愛情を持った女性だったんだと思います。仲代さんだけではなく、無名塾の塾生一人一人の母のような存在だったわけですから。

この本の中の感動的な恭子さんの言葉を書いておきます。

「夫が自分に気を許しやりたい放題の事をして、わがままいっぱい甘えている、その事を何故愛情と受け取れないのでしょう。何故すばらしいこととおもえないのでしょう。」

「多くの場合、妻として主婦としての仕事は実に大変です。でも大変であればあるほど、自分はかけがえのない妻であるという自信を持てると思うのです。不平を言ったり愚痴をこぼしたりしているときほど女性がいやらしく老人じみて見える事はありません。」

仲代さんが恭子さんにとって、「尊敬と愛」を一生持ち続けることのできる男性だったからでしょうね。

美しい愛の姿に打たれました。「もう舞台は引退だ」などとおっしゃらずに、これからも僕たちの心を振るわせる「役者・仲代達矢」を魅せてもらいたいと思います。