こんばんは。

今年の6月に東京・PARCO劇場で、ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフの『桜の園』が三谷幸喜さん演出で上演されました。

『桜の園』は『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』と並ぶチェーホフ4大戯曲のひとつで、革命前夜のロシアを舞台に没落貴族の喜悲劇を描いた名作です。

その舞台中継がWOWOWであったので、その感想を書いておこうと思います。

まず最初に言っておきます!(宣言することでもないのですが)僕は三谷さんの作品の大ファンではありません(笑)。でも1989年から、フジテレビの深夜枠で放送されていた『やっぱり猫が好き』が大好きだったので、脚本を多くの回で担当していた三谷さんのお名前は当時から馴染みはあるし、とても才能豊かな方だとは思っています。

すべての作品を追いかけて観ている人間ではないので「えらそうなこと言うな!」と三谷ファンには怒られそうなのですが、なんとなく僕の肌に合わない作家さんなのかも知れません。僕が初めて三谷さんの舞台を観たのは2003年に再演された、岸田國士戯曲賞を受賞した『オケピ!』でした。僕の回りでこの作品を観た人達は皆、面白かったと絶賛されていました。でも僕は何が面白いのか全然分からなかったのです~。何か僕の感覚がおかしいのか?と悩みましたよ~。あの頃は。

TVドラマでは田村正和さん主演の『古畑任三郎』、『総理と呼ばないで』、松本幸四郎さん主演の『王様のレストラン』やダウンタウン・浜ちゃん主演の『竜馬におまかせ!』、NHK大河ドラマ『新選組!』や2010年に3夜連続で放送されたスペシャルドラマ『わが家の歴史」など観させてもらいましたが、何かどれもピンとこないもどかしさが、僕の中ではつきまとっていたのてす。

自作の作品の映画も監督されていて、監督第3作目となる『THE 有頂天ホテル』を観た時に「あ~、だめだ~」と思ってしまいました。三谷さんは何がしたいんだろう。これは喜劇なの? 僕にはただの悪ふざけにしか思えませんでした。作者がこれは喜劇です。コメディですと言われているものを観て、少しも笑えない自分が辛かったです。これ以降、三谷さんの監督作は観ていません。三谷さんはアメリカの劇作家ニール・サイモン から大きな影響を受けたと言われていますが、僕はニール・サイモンの作品もなんとなくピンとこないのです。だからなのかなあ。

好きな舞台作品もありますよ。2007年、シアタークリエのこけら落し公演「恐れを知らぬ川上音二郎一座」や2011年、世田谷パブリックシアター公演「ベッジ・パードン」とか。僕はやはり三谷さんは基本は映像ではなく舞台の方だという気がしています。

じゃあなんで今回この「桜の園」の中継を観てみる気になったの?と言いますと、主演が大好きな浅丘ルリ子さんだったからです! 浅丘さんはこれまでほとんど海外の劇作家の戯曲は演じてこられてなかったし、(今回のチェーホフやシェイクスピアやイプセンなどですね。)今までたくさん出演依頼はあったと思いますが、好きじゃないからと断って来たと本人はサラリとおっしゃってましたね。ファンからすると、浅丘さんのマクベス夫人やヘッダ・ガブラーとか観てみたいなあと思うんですけどね~。まだ遅くはないです。チェーホフはおやりになったし、今度はシェークスピアを是非、演じてほしいです! 誰か浅丘さんを口説き落とせるプロデューサーや演出家はいないもんですかね(笑)。それと三谷さんが初めて自作以外の翻訳ものの演出、それもチェーホフを!という興味から観賞させていただきました。

ストーリーを簡単に…
20世紀初頭のロシア。“桜の園”の女地主ラネーフスカヤ(浅丘ルリ子さん)は、息子を事故で失った後、パリに移り放蕩生活を送っていました。しかし、資産を使い果たし5年ぶりにパリから帰還。“桜の園”も競売にかけられることになってしまいました。農奴の息子から実業家となったロパーヒン(市川しんぺーさん)は、桜を切り払い別荘地にすれば競売を避けられると提案しますが、ラネーフスカヤや兄のガーエフ(藤木孝さん)はそれをはねつけます。一方、事務員のエピホードフ(高木渉さん)から求婚されていた小間使いのドゥニャーシャ(瀬戸カトリーヌさん)は、パリから来たヤーシャ(迫田孝也さん)にぞっこん。ラネーフスカヤの娘アーニャ(大和田美帆さん)は、学生のトロフィーモフ(藤井隆さん)の新しい思想に惹かれていきます。そして、もうひとりの娘ワーリャ(神野三鈴さん)にも胸に秘めた気持ちが…。住人たちそれぞれの思いを抱えたまま、ついに“桜の園”の競売の日がやってくるのです…。

パルコ・プロデュース公演 三谷版「桜の園」
作 アントン・チェーホフ
演出 三谷幸喜 さん
出演 浅丘ルリ子さん/市川しんぺーさん/神野三鈴さん/大和田美帆さん/藤井隆さん/青木さやかさん/瀬戸カトリーヌさん/高木渉さん/迫田孝也さん/阿南健治さん/藤木孝さん/江幡高志さん

「桜の園」は長い間、俳優座の東山千栄子さんや文学座の杉村春子さんといった名女優が主演する作品として定着していました。作者のチェーホフは「4幕の喜劇」として書いたそうですが、日本では悲劇としてとらえて上演されてきたんですね。それを三谷さんは「桜の園」はあくまでコメディーとして書かれていて、笑えるところもたくさんある。僕は喜劇作家なので、僕みたいな人間こそが、本作を本来のカタチでつくるべきなんだ、と前から思っていました」と言われていました。

開演5分前になるとステージが明るくなり、シャルロッタ役の青木さやかさんが燕尾服姿で登場し、前説なんだそうですが、「今回の〈桜の園〉は喜劇です!」としきりに強調していました。まてよと僕は思いました。これはこれから舞台を観る観客を暗示にかけているのではないのか! 洗脳か(笑)と身構えてしまいました。多分、今回の舞台は浅丘ルリ子さんのファンと言うより、三谷さんファンが多く観にいらしていた舞台だと思うんですね。皆さん、三谷さんの舞台は面白いに決まっていると思っているだろうし、何かやらかしてくれるに違いないと期待している人たちに前もって保険をかけている気がして、僕なんかは何かスッキリしないんですよ。こういう演出は。三谷さんのそういうところが苦手なんです~。

それから青木さんはいきなり「歌います」と言って、桜のそのぉ~ ガンガン倒れる桜の木ぃ~ 私の役はシャルロット~ みたいな歌を歌い始めるんです。AKB48の「ヘビーローテーション」の替え歌なんですけど…。どうなんでしょうか…。これも。青木さんは一生懸命、演出通りにされてるんでしょうけどね…。

色々ぼやいてみましたが、この舞台、面白かったです(笑)。なんといってもラネーフスカヤの浅丘ルリ子さんがいたからこその舞台でした。ラネーフスカヤは生まれながらのお嬢様で、放蕩三昧を繰り返し、財産を食いつぶしたダメな女性と思われるキャラクターですが、僕はそうは思わないんです。お金を持ってる世間知らずの人間には男女問わず、色んな人間が近づいてくるものです。言葉巧みに取り入って、お金を巻き上げる奴らです。そんな人間の言葉を素直に信じ、自分のことより自分をたよってくれる人間には惜しみない愛とお金を与えてしまう、心優しい女性だと僕は思っていました。回りから見れば人が良すぎる、いいカモと思われていても人を疑うことを知らない純粋な子供が大きくなったような女性なんですよ。そんな不思議な魅力に溢れたラネーフスカヤという女性を浅丘さんは見事に巧みに表現されていました。まさに大女優です。第3幕でロパーヒンが家屋敷すべて落札したと知ってから一言も口をきかず、子供部屋の子供椅子に腰かけたきりジッと瞬きもせず正面を見つめる表情の素晴らしいことといったら! その見開いた眼からは次第に大粒の涙が溢れ出てくるんですよ~。最高です!

ガーエフの藤木孝さんも良かったですね~。藤木さんにしてみれば、これくらいの役はお手の物って感じもしますが、いつもの藤木さんの少しオーバー目の演技がこの家柄や格式に囚われて、華やかだった頃の思い出の中にいつまでも生き続けているようなキャラクターにビッタリでした。浅丘さんも藤木さんも役への理解、掘り下げが見事です。さすがベテラン!

このお二人は三谷さんの演出なんかおかまいなしに自由に演技されていたようにも感じます。三谷さんも何も言えなかったんじゃないですかね~。想像ですけど。

フィールス役の江幡高志さんも流石でした~。正気なのかボケているのか、その狭間を行ったり来たりしている男の不気味さを滑稽に演じてらっしゃいました。

ところどころ、三谷さん流のセリフの改変も見受けられましたが、ロシアのちょっと重苦しいと思われがちな戯曲をスビーディーに分かりやすく、楽しく観せてくれたことは意義のあることだと思います。

若い出演者の方々も頑張っていたと思いますよ~。ワーリャ役の神野三鈴さん良かったです。

華やかで物哀しく愛らしい、浅丘ルリ子さんが観れただけで大満足です。照明が美しくて印象的な舞台でした。