こんばんは。。

紫陽花の美しい季節になりましたね。今月は僕が勤めている会社でも販売している新橋演舞場の6・7月歌舞伎のチケットの売れ行きが好調で、連日満員御礼らしく、演舞場様から招待券をいただけそうになく、その変わりと言うわけではないのですが、明治座様より浅野ゆう子さん主演の「黒蜥蜴」のチケットをいただいたので、友人のジュエリーデザイナーのSさんを誘って観てきました。

僕は明治座は初体験でした。今まで縁がなかったんですね~。明治座は東京の中央区日本橋浜町という場所にある近代的なビルの中にあります。ビルの裏手を少し行くと、隅田川が流れていて、観劇後、その日は天気も良くて爽やかな日だったので、Sさんと隅田川沿いを散歩して東銀座まで歩いちゃいました。楽しかったです。

明治座と言えば、氷川きよしさんや北島三郎さん、天童よしみさん、坂本冬美さんなど演歌界のスター達が座長公演を行う劇場として有名ですよね。1993年に再開発で建て替えになった浜町センタービルの低層部にあります。舞台設備はとても立派で、回り舞台で花道もあり、宙乗りもできるんです! 5月には16年振りに「花形歌舞伎」が上演されました。ロビーにはたくさんの売店があり、団体客用のお食事処もありました。壁面にはたくさんの日本人画家の作品が飾られていて、ちょっとした絵の観賞もできましたよ。近年では演歌の歌手の方々の座長公演の他にTV局との提携によるドラマの舞台化作品や大衆演劇界のプリンス、早乙女太一くんや大地真央さんなども公演を行うようになったので、これからは度々、お邪魔する事になるかもしれません。

明治座の公演は幕間が2回、それぞれ30分もあるので、明治座へ行く途中で、お寿司の折詰を買いました。劇場が近いので、老舗のお店が何件かあるんですね。どこのお弁当にするか考えるのも、観劇の楽しみの一つですね。

そんな明治座も今年で創業140年だそうです。歴史があるんですね。今回観劇した「黒蜥蜴」は創業140周年記念作品と銘打たれた作品でした。

原作は僕の大好きな江戸川乱歩さんです。昭和9年、1月から同年12月まで「日の出」という雑誌に連載された長編小説です。僕が初めてこの作品に触れたのは、小学生の頃かなあ。ポプラ社という出版社から乱歩さんの小説を子供向けにリライトした「名探偵明智小五郎シリーズ」というのが出ていて、夏休みに「妖怪博士」というタイトルのものを読み、江戸川乱歩ワールドに引き込まれ、次々と読んだ中に「黒蜥蜴」を子供向けにリライトした「黒い魔女」というタイトルのものを読んだのが最初だと思います。小学校の図書館には「名探偵明智小五郎シリーズ」が全作揃っていて、毎日、放課後、図書館に入り浸ってました。クラスには明智派とシャーロックホームズ派がいて、僕は断然明智派でしたね~。

中学生になると、子供向けでは物足りなくなり、だいたいの作品は読み直しました。乱歩さんの作品はタイトルが素敵なんですよ~。「屋根裏の散歩者」「パノラマ島綺談」「孤島の鬼 感動しました!」「陰獣 昭和56年に加藤泰監督が松竹で映画化されているのですが、この作品は傑作です! おすすめします。」それから「緑衣の鬼」「地獄の道化師」「三角館の恐怖」「化人幻戯」「大暗室」「人間豹」などなど。またすべて読み直そうかなあ~。

「黒蜥蜴」のストーリーを簡単にご紹介します。
神出鬼没の大怪盗、暗黒街に名をとどろかす女賊「黒蜥蜴」。彼女は、大阪の宝石商の美しい令嬢、岩瀬早苗の誘拐と一億円のダイヤ「エジプトの星」の強奪を予告します。しかし岩瀬家は当代きっての名探偵、明智小五郎に護衛と捜査を依頼。こうして女賊と探偵という二人の天才の知恵比べが始まるのです。「美しいものなら男でも女でも好き。美しいものを全てコレクションしたい」という欲望を持つ黒蜥蜴は、美しい早苗を剥製にして、宝石と共に自分が所有する弧島の秘密美術館に飾ろうとします。時には謎の大富豪「緑川夫人」を名乗り、明智を翻弄する黒蜥蜴ですが、彼女の大きな誤算は、敵である名探偵を愛してしまったことでした…

この作品が乱歩さんの作品で珍しいと思うのは、正義と悪という正反対の世界で生きていながら、お互いの生き方や考え方に共感し、魂が共鳴し合わずにはいられない、男(明智)と女(黒蜥蜴)のラブロマンスとして書かれているところだと思います。小学生の頃はさほど面白いとは思わなかったのですが、中学生の頃はちゃんと理解できました(笑)。高階良子さんという方が「黒とかげ」というタイトルで漫画にされていてこれも名作なんですよ。高階さんは乱歩さんの「バノラマ島綺談」も漫画にされています。タイトルは「血とばらの悪魔」です。文庫になってますから興味のある方は読んでみてください。

原作のラスト「黒蜥蜴」が命を落とすところがいいんですよ。ちょっと書いておきますね。
「明智さん。もうお別れです。…お別れに、たった一つのお願いを聞いて下さいません?…唇を、あなたの唇を。…」
黒衣夫人の四肢はもう痙攣を始めていた。これが最期だ。女賊とは云え、この可憐な最期の願いを退ける気にはなれなかった。」
明智は無言のまま、黒蜥蜴のもう冷たくなった額にソッと唇をつけた。彼を殺そうとした殺人鬼の額に、いまわの口づけをした。女賊の顔に、心からの微笑が浮かんだ。そして、その微笑が消えやらぬまま、彼女はもう動かなくなっていた。

どうですか、いいでしょう? 僕なんかちょっと泣けてきちゃうんですよね。明智はダンディで素敵ですけれど、黒蜥蜴も魅力的でしょう? 日本のミステリー小説の中でダントツ、僕の中ではNo1ヒロインです!

しかし、三島由紀夫さんが戯曲化した際にはこの有名な「明智さん。もうお別れです。…お別れに、たった一つのお願いを聞いて下さいません?…唇を、あなたの唇を。…」というシーンはないんですよ。でも三島さんの書かれた戯曲のラストの方が誇り高い女性として命を全うしたという感じがするんです。原作のままだと少しか弱い女性になってしまった感じがしますもんね。う~ん、でもどちらがいいとは言えませ~ん。どちらも好きで~す(笑)。

「黒蜥蜴」と言えば、美輪明宏さんというイメージが定着していますが、初めて演じられたのは昭和37年、劇団新派の初代水谷八重子さんです。相手役の明智小五郎は芥川比呂志さん。この初演には田宮二郎さんも出演されていたんです! 観たいなあ。タイムマシーンがあればいいのに(笑)。この公演中には、京マチ子さんが「黒蜥蜴」に扮した、井上梅次監督の映画化作品も上映されたそうです。この映画版はミュージカル風になっていて、京マチ子さんが歌い、踊るんです! 今では珍品としてカルト映画扱いされていますが、DVD化してほしい作品の一つですね。映画のテーマ曲の作詞を三島由紀夫さんがしています。作曲はなんと黛敏郎さん。脚本は新藤兼人さんでした。

初演から6年後に三島由紀夫さんたっての願いにより、美輪明宏さん主演で再演されます。この舞台は大好評だったそうで、ただちに松竹で深作欣二監督により映画化されます。僕は美輪さんの舞台版を観ています。やはり長年演じてこられて、当たり役とされているので、素晴らしい舞台でした。原作者の江戸川乱歩さんや戯曲化された三島由紀夫さんとも生前、交流があり、三島さんがこう演じてもらいたいと思っていることを聞かずとも分かり合える方だったからだろうなという気がします。深作監督の映画版は深作さんがお亡くなりになった時、追悼として松竹はDVDを発売すると告知したんですよね。「黒蜥蜴」の後に撮られた「黒薔薇の館」という作品とともに。でも今だに発売される気配がありません。何故でしょう? 僕はどちらも観たことはありますが、やはりちゃんとソフト化して、いつでも誰でもが観れるようにするのも製作した映画会社の使命だと思います。

過去には美輪さん以外にも、坂東玉三郎さん、松坂慶子さん、小川真由美さん、麻実れいさんなどが演じてこられました。ドラマ化も何度かされているし、オペラにもなってるんですよ。宝塚でも舞台化されています。

三島さんが書かれたセリフはレトリックや装飾の多い言葉と言われています。そんな言葉を普段、日常的に使っているように話さなければならない。言葉にばかり気を取られて、ひっぱられてしまうと感情が伴わず、観客の心には届かない。非常に演じる側にはむずかしいだろうと思います。だから実力のある俳優さんではないと演じられないんでしょう。

そんな大役に今回、浅野ゆう子さんが挑まれました。でも今回の舞台化は三島さんの書かれた戯曲ではなく、齋藤雅文さん脚本、西川信廣さん演出の新「黒蜥蜴」でした。原作になるべく忠実に、明治座という劇場の機構を駆使した華やかな娯楽大作という仕上がりでしたよ。

浅野さんも演じたかった役だと思いますよ。女優だったら一度は演じてみたいヒロインですよね。三島さんの戯曲だとちょっと二の足を踏むけれど、新脚本、新演出、それも浅野さんの為に企画されたものなら演じ甲斐もあったと思います。花道からの初登場シーンは歓声が上がっていました。女性から見てもあのスタイルのよさは溜め息ものなんでしょうね。犬走比佐乃さんのスタイリングも美しかったし、久し振りに大劇場で商業演劇の女優芝居を堪能しました。最近はこういう娯楽に徹した大きなお芝居が減っているので、明治座さんにはがんばっていただきたいと思います!

この舞台で明智小五郎を演じた、加藤雅也さんに驚かされました。実に楽し気に、生き生きと演じてらっしゃるので、俳優としてこんなに上手い人だったのかと。僕の中での明智小五郎は背が高く、いつも舶来のスーツをビシッと着こなした、細身の紳士というイメージだったので、元モデルの加藤さんはなかなか似合っていました。加藤さんは身体がガッシリとされていますが、やはり役者さんは見た目が大事ですね。とても新鮮でカッコ良かったです。この物語はラブロマンスですからね。主役二人が美しくないと話になりませんよね。その点、浅野さん加藤さんで大満足でございます。(笑)

脇を固める方々も鷲尾真知子さん、渡辺哲さん、佐戸井けん太さん、賀集利樹さんなどTVでお馴染みの方々で楽しかったです。鷲尾さん、いつ観ても上手いです。

不安をかき立てるような歪んだ石井みつるさんの美術、ジャズをモチーフにしたモダンな上田亨さんの音楽など昭和初期の雰囲気が妖しく表現されていました。

同じ原作でも、作る人が変われば古典でも新しく生まれ変わる。そう思わせてくれる舞台でした。これからも色んな女優さんが演じ続けてほしい江戸川乱歩さんの名作です。楽しませていただきました。