太陽兄さんのグラデシャツとかそんなだよ。ワードからそのまま移したので字体とか大きさがいつもと違うよ。もしかしたら脱字もあるかもしれない。
********************************
ドアノブを押し下げるといつもとは違い軽い手ごたえだった。試しに一定の力で手前に引くと予想どおり鍵はかかっておらず、蝶番が小さく呻く。中に入ると、昼間の日光は全て屋根が受け止めてくれるせいか、外よりも冷えた空気が漂っている気がした。
「おかえり、太陽。」
リビングへ入るとまず母である月白が柔和な笑みを浮かべて出迎えた。太陽が帰宅を知らせる前に名を呼ぶとは、まるで誰が帰ってきたのかわかっていたようだ。いや、実際わかっていたのだろう。耳の良い母曰く、家族それぞれの足音に特徴があるという。
「ただいま母さん。」
母につられ同じく白い歯を見せて笑いかける。すると彼女の視線が己の手元に注がれていることに気づいた。そういえば今日は棒付き飴を食べながら帰ってきたのだった、と太陽はふと思い出す。何故それを選んだのかと問われると、食べたくなったから、としか言いようがない。勤め先では私服勤務なうえ、ななめかけバッグを着用しているのではたから見れば青春を謳歌している大学生に見えたかもしれない。
「ていうか母さんたち・・・何してんの?」
太陽は怪訝そうに、または呆れたような視線を母に向けた。犬の毛に埋もれた手を指差しながら指摘すると、はたと彼女の手が止まる。
「ああ、見ればわかるでしょ。みるを撫でてるのよ。」
一瞬彼女は何を言っているのか、理解不能という具合に目を見開いた。しかし手を止めたことで、じんわりと犬の体温が掌に渡り気がついたらしい。様子から察するに、数十分も一定感覚で撫で続けていて、知らず知らずのうちにぼんやりとしてしまっていたのだろう。しかしそれでも動きに慣れた手は機械の如く毛を撫で続け、今に至ったようだ。 無意識とは恐ろしい、と太陽は思った。
「いや、まあ、それはわかるんだけど・・・おじっ、おじいちゃん・・・。」
愛犬みるを挟んで月白の隣には祖父、律が同じくみるを可愛がっていた。
祖父は優しい人で、先程太陽が帰ってきたときに月白と同じく口許に柔らな弧を描いて出迎えてくれたのだが、今もその笑みを絶やさず、手元が見えないほど高速でみるを撫で回している。
「はっはっはっ。いやあみるが可愛くて。」
「可愛くて、じゃないよ!!なんかすごいことになってない!?みる大丈夫なの!?摩擦で禿げたりしないの!?」
大丈夫だよ、と律は速度を落とさず撫で回しているが、目をこらしてよく見てみるとはらはらと毛が抜け落ちている。手の真下を見れば、その一点だけもう毛が残っていないんじゃないか、という量の毛束が床の上にこんもりと溜まっていた。そもそもみるはあそこまでされて大丈夫なのだろうか。あんなに速く機械のように撫で回されていたら摩擦熱でいてもたってもいられなくなるのではないか。
太陽は胡乱げな視線をみるに送ったが、不思議なことに苦しそうではなく、いつも通りぼんやりとしているようだった。もしかして高速すぎてむしろ止まっているような感覚を与えているのだろうか、と彼の頭の中に一つの仮説が立てられる。しかしいくらみるが平気そうだからといって、この抜け落ちている毛の量を見過ごすわけにはいかない。
「ちょっ・・・おじいちゃん一旦止めて!毛が!!みるの毛がやばいから!!」
「え~止めてっていわれても徐々にしか止められないからあと10秒くらい待って~。」
「減速させながらじゃないと止められないほどスピード出してたの!?」
「いやあもうぶっちゃけ撫ですぎてコントロールきかなくて今何やってるかわからん状態だったんだよね~。」
「感覚なくなるほどやってたの!?ロボットかよ!!」
つい感情が昂り語気を強めると、呆れた果ての捨て台詞、ということに気がついていない天然な律は、それにノってプシュウウウ、と歯の隙間から空気を漏らした。更に、トマリマス、トマリマス、などとカタコトでロボットの真似事に興じていたが、これ以上何か言っても無駄な体力しか使わないことをわかっている太陽はツッこみを放棄する。手が止まるなりそれをサッと払い退け、煙があがっている部分を確認した。
しかし不思議なことに毛はふさふさのままで、母月白が触っていた反対側と比べても同じくらいの量の毛が残っていたのだ。試しにスッとそこを撫でてみると、高速撫で回しの影響はやはり受けていたようで、はらりと、いやごっそりと毛が抜け落ちた。
一瞬怯んだ太陽だったが、禿げた部分をそのまま見ていると、短い毛が生えているのが見受けられた。更に観察し続けているとその毛はみるみる伸びていき、十秒ほどで元通りになったのだ。
「お前の身体・・・どうなってんの・・・?」
信じがたい出来事を目の当たりにして思わず口許が引きつる。いくら身体に強いダメージを受けたからって再生機能が働くとしてもこんなに早く元通りになるわけがない。そもそもこんなに早く再生したら夏場に毛を刈っても意味がないのでは。いや、しかし、毎年夏はどう過ごしていたのだったか。そういえば毛を刈ること自体、今までにあっただろうか。
太陽が必死に記憶を呼び戻しているにも関わらず、みるは何も考えていないような、黒々とした純粋な瞳を彼に向ける。とりあえず呼びかけられたと思ったのか、彼女はワフッと明るく返事をした。
*
「・・・前々から思ってたけど、うちの家族って変なのかもしれない・・・。」
太陽は目を伏せ、はあ、とため息をついた。月白は特に動揺せず、手元にある、つまむにはちょうどいい、小さなチョコレートのアイスを頬張る。
「あら、そう?」
「そうだよ・・・。例えば、すすけって夜滑車回してるとき、興奮すると『キエエエエエエ』って鳴くじゃん?」
「うん。え、あれっておかしいの?」
「おかしいんだってさ。それ、ハムスター飼ってる友達数人に言ったら『え・・・なにそれこわ・・・おかしい・・・』ってドン引きされた。」
他のハムスターと違うとなれば病気なのではないかと、普通なら疑うのだろうが、すすけに関してはもう何年も生きている。食事もちゃんととるし夜は運動もするし、病気の気はなさそうだから大丈夫だろうと二人とも踏んでいた。
まず小さなハムスターが何年も生きること自体おかしいのだが、不思議なことに星月家では全く話題にならないうえ、寿命に関して外からの情報も入ってこない。
「おじいちゃんは高速で動物撫で回すし・・・全然スピード落とさないし本当に老人かよ・・・。ていうかみるはともかくすすけ、なんであれに耐えられるんだよ・・・。」
「まあ、耐えられてるんだから大丈夫なんじゃないの?二匹とも気持ちよさそうにしてるし。」
「みるもすぐ毛が生えることがさっき発覚しちゃったし・・・何なんだうちの動物たちは・・・。」
「まあまあ、元気ならそれでいいのよ。」
「っていうか母さんも!!いくらピノにハマってるからって三食、いや常にピノ食べるのやめてくんない!?」
太陽は当人を人差し指で力強く指し示した。
ここにきて話題が自分に変わるとは、予想外だったので月白は軽く目を瞠る。しかし注意されているにも関わらず小さなアイスを食べる手は止めない。
「え?私?」
「そうだよ!いくらハマってるからって流石にこれは・・・これはないよ!
最初は毎日ピノ一箱食べてるだけかと思いきやいつのまにかいつ見てもピノ食ってる状態・・・。何で腹壊さないの!?不思議すぎるんだけど!!」
太陽の言うとおり、月白はここ最近、あるアイスに夢中になっていた。バニラアイスをチョコレートでコーティングした、小さな円錐台形のアイスで、一口で食べられるそれが六つ入っているものだ。
普通、ハマっている、といえばそれを一日一回は食べられないと気がすまない、や、一日一箱、それを暫く毎日続ける、など、大体は一日に食べる数は一回、なはずなのだ。しかし月白のハマり具合は度を過ぎていて、初めは普遍的な、一日一箱食べるというハマりかたをしていたのだが、やがてそれが三食毎後となり、それが更に進化していつの間にか、いつ見てもそのアイスを食べている、となったのだ。
彼女自身も自分が異常なことは自覚していた。だがこれでもちゃんと家族の食事は作るし、家事や仕事はちゃんとしているのであまり問題視されてこなかったのだろう、と自己分析する。
そもそも家事は同居している父母がやってくれたり、子どもたちも大きくなった今、手伝いが自然と分担制へと移行して、自分だけに負担がかかっているわけではないのでちゃんと行っているかどうかと問われれば難しいところなのだが。
「飽きないのが不思議だよもう・・・しかもそんだけ食べてて太らないし・・・。」
「みると散歩してるからよ。いつも走ってるからね。」
「そうはいっても限度があるし・・・走るっていったって軽くだろうし・・・。」
太陽は机にうなだれ、再び嘆息した。
彼の言うとおり、普通なら何kgかは太ってしまうのかもしれないが、月白はまったく体型が変わらない。
というのも実は、愛犬みるとの散歩時に時速はいくら出ているかわからない、距離は一〇kmの、散歩という名のマラソン大会のような走り方が日課になっているのが要因なのだ。
太陽がその話を妹の黎から聞いて固まるのは、あと数時間後のことである。
「ともかく食費や栄養面が心配だから一日一箱に控えてください・・・。」
「はあい。」
彼の口ぶりではどうやら健康面を心配してくれていたようだ。確かに自身もそろそろ危ういと思っていたので、おとなしく首を縦に振った。しかし頬の内側に広がる冷たい甘さが意志を揺らがせ、思わず生返事のように間延びした声になってしまう。
「あと格好も変だし・・・。」
ついでにここぞとばかりに前々から思っていた本音を吐露していく。彼はぐだぐだと机に頬を擦りつけながらぽつりと、しかし相手に十分聞こえるくらいの声量で呟く。それはわざとなのか、と月白の眉間が少々狭まった。
月白の服装はいつも白の割烹着で、いかにもお母さん、という雰囲気を醸し出しているのだが、そのうえ白い帽子を被っている。しかしそれは三角巾でも、給食当番が被るような帽子でもない。
女優帽なのだ。しかもやけにつばの広い。
「いや女優帽はつばが広いものだけど、顔の日よけどころじゃなくて身体完全に覆って傘の代わりにもなるってどういうことだよ・・・。どこで買ったんだよ・・・流石に広すぎんだろ・・・あとなんで屋内で被ってるんだよ・・・。」
「ちょっと待って。」
月白の凛とした制止の声が響いた。
彼女は神妙な面持ちで太陽の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「服装なら私にも意見があるわ。私はあんたよりマシだと思う。」
「へ?俺?」
「そう。あんた何なのその服。なんでいっつもチェック柄のシャツなの。」
母、月白の言うとおり、太陽はいつもチェックのシャツにジーンズという、ラフな格好をしていた。
一応彼女は自分が被っている帽子が異様なことは自覚しているので、ちゃんとした外出の際は脱いでいくし、場をわきまえている。
それに対し太陽は、いつも、という言葉どおり毎日その格好で、しかも彼の職場は私服勤務のところなので毎日、そのどこぞの学生のような格好で家を出るのだ。チェック柄ばかり着て服が尽きないのかと思いきや、赤、青、緑・・・などどこで手に入れたのやら、色とりどりのチェック柄のシャツを毎日交代で披露してくれる。不思議なことに、一回着た色の服は、次、滅多に見かけることはない。バリエーション豊富なのにもほどがある。
「それに今日着ているその色、それはなんなの。」
月白が指摘したとおり、彼の今日の服装はひどいものだった。今日もまたチェック柄なのだが、それよりも色合いがすごいのだ。
上半分は蛍光ピンクで、下半分は水色。
チェックも何も関係なく、こんな色合いの服は今までにあっただろうか。
「いいだろ!レアなんだぜ!」
「いやよくねえし・・・蛍光ピンクと水色とか一体誰があみだしたの・・・?あんたは一体どこで買ってきたの・・・?」
「タータンチェック専門店があるんだよ。店中チェック。商品はもちろん壁もチェックで、ドアもチェック、レジもチェックという。」
「なにそれチェックマニアかよ・・・怖いわ・・・というかよくそんなんで経営成り立つわね・・・。」
そんな店どこにあるのだろう、実店舗なのだろうか、通販なのだろうか。
先程太陽が言ったとおり、彼がいつも着ているのはタータンチェック柄のシャツで、それ以外は全く着ない。
彼曰く、ギンガムチェックは邪道だ、とのこと。何を基準に、何故ギンガムを嫌うのかは不明だが、ともかくタータンしか着ない。
普通、タータンチェックといえば、秋冬に、落ち着いた色合いの長袖シャツで店に登場しがちだが、彼は夏もタータンなのだ。どこから見つけてきたのか、夏場は半袖のタータンチェックのシャツと適当な半ズボンに切り替わる。
夏に深い色のタータンチェックのシャツを見ると、本人より見ている他人が暑苦しく思いそうだが、色合いが鮮やかなものもあるので不思議とそうでもない。
本当にどこで手に入れているかは謎だが、彼の供述どおりならすべてその、タータンチェック専門店、で買いそろえているのだろう。
「あとその前髪。」
「前髪?」
彼は陽に当たっても綺麗な黒で短髪、と普遍的なものなのだが、前髪は小学生の女の子が使うようなプラスチックの玉が二つついたゴムで結い上げ、額を出しているのだ。これが彼の特徴ともいえる。
それだけなら普通の人よりもお洒落だな、で済むのだが、問題はその前髪の色、だ。
「なんであんた前髪だけ金髪なの。」
「え?オサレっしょ?」
何故か嬉しそうに前髪を弄りだす太陽に対し、月白は目を瞠って一瞬固まった。
それが彼にとってお洒落であったことに驚いたのも勿論、ここまでのセンスのなさは一体誰譲りなのだろうと、刹那本気で考え、本気で心配した。そもそもこのような髪色で職場では何も言われないのだろうか。毎日チェックのシャツしか着ないことも誰からも指摘されていないのだろうか。彼は仕事の規則には従順なほうなのでそれを破ってまでやっているとは到底思えない。
もしかして職場の人たちは、この姿を見て癇に障るというよりむしろ面白がっているのでは、と月白の中で母としてなんとも不安な仮説が生み出された。
(きっと多分そうだ・・・だって私たちも太陽の服装見るの毎日楽しみにしてるもん・・・。)
いつ頃からチェックにこだわり始めたのかは覚えていないが、ただ彼自身はそれをお洒落だと思っていることは家族全員気がついていた。というか毎朝チェックのものに身を包んだ状態で意気揚々と自信満々に部屋から出てくるので、とてもわかりやすかったのだ。また家族も彼の期待を裏切ることなく、部屋から出てきた瞬間そちらに視線を送る。
ただし互いの意図は違う。太陽は、自分がお洒落だから毎朝皆からの期待と尊敬の眼差しが向けられると思っているようだが、家族は、今日はどんなダサい色の服を着たのだろう、という、面白いもの見たさでついそちらに注目してしまうのだ。
(『太陽コレクション』って呼んでたり、今日は何色あたりを着てくるとか賭けしてないで教えてあげればよかったわねごめん・・・。前髪も含めてここまでセンスが爆発するとは思わなかったんだもの・・・。決して面白くて止めなかったわけじゃないわ、ええ決して。)
ちなみに前髪は一ヶ月ごとに色が変わる。先月はピンクだったので、今月の金髪はまだマシなほうだ。
「だってこういうの、アッシュとかメッシュとか言うんでしょ?」
自慢げに放ったその言葉で彼が一応若者文化を意識したらしいことがわかった。しかし入ってきた情報は中途半端なものだったのか、アッシュは色のことだし、メッシュも通常は筋状に色を入れるのだ。
何故年上の自分のほうがちゃんとした情報を得ていて、今まさに若者であるはずの太陽のほうが疎いのだろうか、と月白は不思議に思う。
「・・・っ、はぁ・・・、もういいわ・・・。」
とうとう我慢できず、喉元までこみ上げていた笑いを、含み笑いもすることなくため息に変える。元々鉄仮面の如く、心に思ったことを表に出さないのは得意なのだ。
「それを言うならメッシュよ太陽・・・あと、次の休みに母さんと服買いにいきましょ?」
「えーっ、なんでえ?今更母さんセレクトとか恥ずいしダサいよ~。」
「あんた今、その『母さんセレクト』より恥ずかしくてダサい格好してんのよ。」
それは強制だと言葉を足せばまたもや不満そうな声があがる。
元は息子の格好が見ていられなくなったから、という理由だったはずなのだが、どこか心待ちにしている自分がいることに月白は気づいた。そういえば彼と買い物に行くのは何年ぶりだろうか。彼の服を選んで自分好みに仕立て上げていたのはいつ頃までだったか。
(・・・たまには、こういうのもいいわね。)
月白は徐に目を伏せる。そして、買い物籠を片手に、今よりもだいぶ背の低い彼の手を引きながら連れ歩いた遠い日のことを、感慨深く、瞼裏に思い浮かべたのだった。
*************************
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ あとがき゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
はい!!5月頃のアメ本、星月家の話でした!
自分で読んでてこの頃の方が上手く書けてたんじゃないかなって思ったよ。太陽兄さん。
ワードからそのまんま移したので字体とか字の大きさとかどうにもできなくてこうなりましたごめん。ほとんど手入れてない。
途中、「どんだけタータンタータン言ってんだよ!!るっせえなグラデチェック野郎!!」と叫びたくなりました。別に太陽兄さんが言ったわけではない。
ではでは(*^ー^)ノ