母の亡くなるちょうど一年位前に、犬のマリー(マルチーズ♀享年17歳)が亡くなりました
マリーが亡くなったのは1/22、母が亡くなったのは1/11でした
マリーを飼うとき母はすごく反対をして、しばらくはマリーの世話もしなかったけれど、まだ小さかったマリーは誰にでも戯れるかわいい子で、母が嫌がっても、その頃はマリーも自己が確立していなかったので、何度も母にボールを投げて!と寄って行って、母は適当にボールを投げていたけれど、30分以上ボール遊びに付き合わされたようでした
無償の愛をマリーが亡くなるまで母に注いでいたので、膵臓癌の進行もマリーが亡くなってから早まったのかもしれません
人間は守る人がいたり、好きなことがあったり、生きがいになる人やものがあれば、少しは死から遠回りができるのではないのかなと思います
マリーは母にとって、生きがいになっていたと思います
亡くなる前日までリビングをウロウロ歩き周っていたマリー
おトイレの介護もなく、最後1ヶ月は食が細くなって、片足が痛かったけれど、よく歩いていました
昨年10月にペットの納骨堂に預けましたが、母はまだ家にマリーの遺骨を置いておきたかったようでした
私はマリーが天国に行けないかも……と思って、マリーの誕生日に近い休日に家族でマリーと一度さよならしました
その後母が今年1月に亡くなったため、マリーと一緒が落ち着くだろうと、10年間は骨壷のまま納められる霊園に、母の誕生日近くの日に、母とマリーを一緒に納めました
二人とも寂しがり屋さんだから、同じお墓に納められて良かったと思います
母が亡くなってから思ったことは、結婚して子どもを産んで、両親に孫が出来ることは、大切なことだと思いました
両親が年老いたら、無償の愛を注いでくれる孫の存在が、生き甲斐になるのだと思います
人間は本来そうやって生きてきたのだと思いました
私の祖母は脳出血で、当時は老人病院といって、男女一緒の部屋で、一部屋に8床位入っているような、ひどい病院にいました
リハビリもなく、床ずれも治してくれない、極悪なところでした
私が久しぶりに母と面会に行ったとき、言葉を発することもない祖母が「○○ちゃん!」と私の名前をはっきり呼んでくれました
その一瞬だけ、脳が何かを感じとってくれたのだと思います
母に孫を抱かせてあげることができなかったこと、今更ながら後悔しています
親孝行は昔と変わらず、結婚して家庭をもち、子どもを産んで育てることだと、思いました
まだ、もし若い方が読んでくださっていたら、結婚は一度してもいいと思います
私は一度もしていないので、その大変さなど分かりませんが、飛び込む勇気は必要だったなと思った瞬間は何度かありました