そもそも、このブログを作った目的は、Twitterでは不十分な役割をブログに負わせるということだ。つまり、Twitterでは字数制限などのために言を尽くせない憾みがあるが、その憾みがないツールがブログというわけで。
さて、そろそろ本題に行こうか。
Twitterのフォロワーさんはご存知のことと思うが、私は、雅子妃殿下のお振る舞い、その背後にいる小和田家の体たらくには強い危機感を覚え、それ故に批判もしている。これは全て、皇室の行く末を案じてのことである。
勿論、このような批判をしているのは、私だけではない。私のフォロワーさんにも、私と立場を同じくし、皇室を憂える方が多くいらっしゃる。
ところが、このような言動は、ある筋に言わせると「不敬」なのだそうな。
皇室を憂えての諫言のどこが「不敬」なのか、私はとんと理解に苦しむが、皇室に物申すこと自体が臣民として不敬と言いたいのだろう。それは分からなくはない。
しかし中には、皇室に対する批判というよりも、雅子妃殿下や小和田一家に対する批判を封殺しようと画策する勢力も存在する。
そこで、「一条の会」である。
この会の目的は(一条の会Twitterからの転載)以下のとおり。
1「憲法一条を議論する」
2「理論武装し、不知による皇室への不敬を糺す」
3「学校教育へのアプローチ。議会陳情等働きかけを行う」
どれも誠に結構な目的ではあるのだが、タイトルで掲げた「ここがヘンだよ」というのは2点ある。
その2点とは、
1 憲法1条は皇室尊崇(あるいは国民にそれを義務付けること)を定めた条文ではない
2 彼らの本当の目的は「雅子妃殿下への批判」「小和田一家への批判」を封じることではないか
ということである。順次論じよう。
まず1の点。憲法1条の条文は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」となっていて、これは天皇の定義と国民主権原理の採用を明示したものと解されている。天皇がどういうものかは、この条文で定義づけられてはいるが、天皇尊崇・皇室尊崇などを定めた条文ではない。
それどころか、この条文をよく見て欲しいのだが、「天皇…の地位は、…日本国民の総意に基づく」とある。これはどういうことか。
これは、文字どおり読めば「天皇の地位は日本国民の総意に基づく」なのだが、これを裏から読むと、「日本国民の総意」が仮に天皇を否定するとなれば、「天皇の地位」を否定することが可能になるということだ。つまりこの条文によって、天皇制(便宜上この言葉を使う)を廃することも憲法上可能となっている。勿論、実際に廃するかどうか、廃してよいかどうかは別次元の話だけど。
そういう、日本国民に「日本の国体を変更する権利」までも認めた、ある意味では核兵器以上に恐ろしいことを定めた規定を、皇室尊崇の理由づけとして持ってくるのは、無理がありはしないのかという、素朴な疑問を拭い去ることはできない。
次に2の点。
前記「一条の会」は、雅子妃殿下の擁護派としてネット上では知られている、某氏が主宰しているものとみられている。
その某氏だけではないが、賛同者に名を連ねている人、「一条の会」Twitterアカウントをフォローしているアカウントには、雅子妃の擁護派が多い。
そしてその「一条の会」フォロワーには、「皇族批判は許さん!」として雅子妃批判に対し強硬に批判的に対応するアカウントや、私や私のフォロワーさんのような、雅子妃殿下や小和田家に批判的なアカウントに対し、一斉にスパム通報を呼び掛けるアカウントすらある(私はこれらを『テンプレコピペ軍団』と呼んでいる)。こんな連中が集う「一条の会」とは、果たして純粋な動機の下に設立されたものといえるだろうか?
そもそも雅子妃のお立場自体、皇太子殿下あってのものであるし、その実家の小和田家などは断じて皇族ではない。だから、小和田家の批判は「皇族に対する批判」ではない。最近では、擁護派も流石にまずいと悟ったのか、「皇室だけではなく、皇室の外戚に対する批判も許さない」という新しい立場が登場した。何としてでも小和田家の批判を封じようという執念すら感じてしまう。
私たちが雅子妃殿下やその背後の小和田家の批判をなぜするのかといえば、皇室に対するある宗教の影響を問題視することと、雅子妃殿下のお父上・小和田恒氏が超弩級の反日売国の徒だからだ。あの悪名高き「河野談話」をお膳立てしたのも恒氏なら、「ダッカ事件」のとき国際的常識に反して身代金の支払いを当時の福田総理に進言したのも、総理秘書官時代の恒氏である(この福田総理の対応は、後の北朝鮮による拉致事件の遠因になったといわれている)。日本国を大事に思うものとして、これらが何故看過できようか。
だから私は、この問題に関しては絶対に黙らない。
私たちを黙らせようとする「テンプレコピペ軍団」についても糾弾したいのだが、長くなったのでこの辺で(・ω・)/
どれも誠に結構な目的ではあるのだが、タイトルで掲げた「ここがヘンだよ」というのは2点ある。
その2点とは、
1 憲法1条は皇室尊崇(あるいは国民にそれを義務付けること)を定めた条文ではない
2 彼らの本当の目的は「雅子妃殿下への批判」「小和田一家への批判」を封じることではないか
ということである。順次論じよう。
まず1の点。憲法1条の条文は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」となっていて、これは天皇の定義と国民主権原理の採用を明示したものと解されている。天皇がどういうものかは、この条文で定義づけられてはいるが、天皇尊崇・皇室尊崇などを定めた条文ではない。
それどころか、この条文をよく見て欲しいのだが、「天皇…の地位は、…日本国民の総意に基づく」とある。これはどういうことか。
これは、文字どおり読めば「天皇の地位は日本国民の総意に基づく」なのだが、これを裏から読むと、「日本国民の総意」が仮に天皇を否定するとなれば、「天皇の地位」を否定することが可能になるということだ。つまりこの条文によって、天皇制(便宜上この言葉を使う)を廃することも憲法上可能となっている。勿論、実際に廃するかどうか、廃してよいかどうかは別次元の話だけど。
そういう、日本国民に「日本の国体を変更する権利」までも認めた、ある意味では核兵器以上に恐ろしいことを定めた規定を、皇室尊崇の理由づけとして持ってくるのは、無理がありはしないのかという、素朴な疑問を拭い去ることはできない。
次に2の点。
前記「一条の会」は、雅子妃殿下の擁護派としてネット上では知られている、某氏が主宰しているものとみられている。
その某氏だけではないが、賛同者に名を連ねている人、「一条の会」Twitterアカウントをフォローしているアカウントには、雅子妃の擁護派が多い。
そしてその「一条の会」フォロワーには、「皇族批判は許さん!」として雅子妃批判に対し強硬に批判的に対応するアカウントや、私や私のフォロワーさんのような、雅子妃殿下や小和田家に批判的なアカウントに対し、一斉にスパム通報を呼び掛けるアカウントすらある(私はこれらを『テンプレコピペ軍団』と呼んでいる)。こんな連中が集う「一条の会」とは、果たして純粋な動機の下に設立されたものといえるだろうか?
そもそも雅子妃のお立場自体、皇太子殿下あってのものであるし、その実家の小和田家などは断じて皇族ではない。だから、小和田家の批判は「皇族に対する批判」ではない。最近では、擁護派も流石にまずいと悟ったのか、「皇室だけではなく、皇室の外戚に対する批判も許さない」という新しい立場が登場した。何としてでも小和田家の批判を封じようという執念すら感じてしまう。
私たちが雅子妃殿下やその背後の小和田家の批判をなぜするのかといえば、皇室に対するある宗教の影響を問題視することと、雅子妃殿下のお父上・小和田恒氏が超弩級の反日売国の徒だからだ。あの悪名高き「河野談話」をお膳立てしたのも恒氏なら、「ダッカ事件」のとき国際的常識に反して身代金の支払いを当時の福田総理に進言したのも、総理秘書官時代の恒氏である(この福田総理の対応は、後の北朝鮮による拉致事件の遠因になったといわれている)。日本国を大事に思うものとして、これらが何故看過できようか。
だから私は、この問題に関しては絶対に黙らない。
私たちを黙らせようとする「テンプレコピペ軍団」についても糾弾したいのだが、長くなったのでこの辺で(・ω・)/
