吉本隆明の文学理論について記す事とする。文学史は文芸作品の歴史でもあるが、作品を発表年代順に並べれば文学史になるかというと、文学史の為の1次資料にはなるが、文学史そのものではない。吉本隆明が文学史という時、それは、文学作品の表出史を意味している。「自己表出」と「指示表出」からなる表出史である。「自己表出」とは、作品を書き上げる事からくる作者の達成感であり、作品を読む事から感じられる作者の表現したい意欲である。一方「指示表出」とは、具体的に言葉が示している言葉の意味である。「男はマッチを擦りタバコに火を付けた」という文の「指示表出」は「男」は「マッチ」を「擦り」「タバコ」に「火」を「付けた」という文字通りの内容となる。この文の「自己表出」は「寂寥」や「単なる習慣」や「物思いに耽る切っ掛け」などを表す。文学作品はこの「自己表出」と「指示表出」からなる錯綜した「構造」であり、文学史を辿る事は、作者の立場に立って書かれた作品の「自己表出」と「指示表出」を追体験する事であり、ある作者から別の作者に渡されるバトンを見つけ出す事でもある。従って文学史を継承する事は、作者から作者に渡されるバトンが存在する事を確信し、自らもバトンを受けとり、それを、後継者に渡す作業となる。作家達は先行する時代の作品の読者だったのであり、後続する者たちへの作品の作者である。作者同士の直接の接触があったかどうかに関わりなく、文学作品の歴史は創られてゆく。もう一つ重要な吉本文学理論の概念に「話体」と「文学体」がある。「指示表出」に基づいた文体が「話体」であり、「自己表出」に基づいた文体が「文学体」である。具体的な文学作品の場面を思い出してみれば、登場人物が話あっている場面が描かれていれば、その場面の描写は「話体」であり、作者の心情の露吐が長くあったり、思想が長く表現されていたりすればその場面は「文学体」である。
「自己表出」や「指示表出」は分析・解析のツールであるが、「文学体」「話体」は総合・全体評価のツールであると言える。文学史はある時代のある作品の「文学体」・「話体」から、次の時代のある作品の「文学体」・「話体」への継承・発展の歴史である。
明雄はいつか吉本隆明の理論をもっとしっかり理解できる日が来る事を信じている。
「自己表出」や「指示表出」は分析・解析のツールであるが、「文学体」「話体」は総合・全体評価のツールであると言える。文学史はある時代のある作品の「文学体」・「話体」から、次の時代のある作品の「文学体」・「話体」への継承・発展の歴史である。
明雄はいつか吉本隆明の理論をもっとしっかり理解できる日が来る事を信じている。