高校生が、研究者(例えば日本史の教師は地域史の研究者であったりする)・教育者との日常的な接触の中で、自分自身の将来を思い描けるのは幸いな事である。教師を見て教師になりたいと思う。自然な事だ。明雄の場合、教師の話から教師という職業に、その学問領域に強い関心を持つようになったという事はない。親類に教師はいるので身近な存在に感じる。
「論語」の世界の登場人物は「師」「弟子」「友人」「父母」「君子」「小人」等であり、全体的構造は「修身」➡「斉家」➡「治国」➡「平天下」であり、個人が学問を修め、人徳を磨き良い家庭を築き、学問と人徳によって国を治めれば、異民族の侵入等に対しても天下を平和にする事が出来る事を説く。「修身」は戦前の日本に於いては、「模範的人間」の例話を通して生き方の見本を示す事だった。「教師」は「三尺下がって師の影を踏まず」の尊敬の対象であり、軍人と共に生徒の生き方を教え示す存在であった。「孔子」は「イエス・キリスト」や「釈迦」や「マホメット」と同格に論じられる事の多い聖人であり、自らの生き方を言行一致で貫いた。「君子」は理想化された「統治者」の在り方でもあるが、孔子は、現実の統治者としての「君子」に自らの説く生き方を求め、治国平天下を要望した。中国に於いては歴史上の王朝に於いて、何度か「官学」となり、江戸時代の日本に於いても「朱子学」として「官学」であった。
実際に論語を読んでみると、「師」の独白として(子曰く、、、)あるいは、「弟子」の質問に対する「師」の答えとして(〇、×を孔子に問う。孔子曰く、、、)の形が繰り返される。そこでのテーマは「徳」に関する事が、人間の生き方として示される。
「徳」明雄は、困り果てる。「徳」と言われても、あまり思い付かないのである。「孔子」は「徳」の塊のような人だ。「優柔不断」は「徳」ではない。「地道にコツコツ努力を続ける」というのは、「徳」のような感じもするが、言い換えると何と言うか?解らない。
「論語」の世界の登場人物は「師」「弟子」「友人」「父母」「君子」「小人」等であり、全体的構造は「修身」➡「斉家」➡「治国」➡「平天下」であり、個人が学問を修め、人徳を磨き良い家庭を築き、学問と人徳によって国を治めれば、異民族の侵入等に対しても天下を平和にする事が出来る事を説く。「修身」は戦前の日本に於いては、「模範的人間」の例話を通して生き方の見本を示す事だった。「教師」は「三尺下がって師の影を踏まず」の尊敬の対象であり、軍人と共に生徒の生き方を教え示す存在であった。「孔子」は「イエス・キリスト」や「釈迦」や「マホメット」と同格に論じられる事の多い聖人であり、自らの生き方を言行一致で貫いた。「君子」は理想化された「統治者」の在り方でもあるが、孔子は、現実の統治者としての「君子」に自らの説く生き方を求め、治国平天下を要望した。中国に於いては歴史上の王朝に於いて、何度か「官学」となり、江戸時代の日本に於いても「朱子学」として「官学」であった。
実際に論語を読んでみると、「師」の独白として(子曰く、、、)あるいは、「弟子」の質問に対する「師」の答えとして(〇、×を孔子に問う。孔子曰く、、、)の形が繰り返される。そこでのテーマは「徳」に関する事が、人間の生き方として示される。
「徳」明雄は、困り果てる。「徳」と言われても、あまり思い付かないのである。「孔子」は「徳」の塊のような人だ。「優柔不断」は「徳」ではない。「地道にコツコツ努力を続ける」というのは、「徳」のような感じもするが、言い換えると何と言うか?解らない。