「日本人の生き方」と言うと、どうしても「近代自我の確立」がメインになってしまう。黒船が太平の惰眠を貪る日本にやって来た。「大変だ!大変だ!」と言う訳である。また、やって来たのは近代資本主義だけではなく、その批判者としての社会主義・共産主義でもあったから、「生き方」は社会変を担う「主体性の確立」としても設定された。
日本人は自らの生き方をどう考えて来たのだろう。内容に立ち入らないとすれば、漢文か和文かであり、漢学か国学か、であった筈だ。大和言葉だけでも家族生活は出来る。地域社会も営めるだろう。だが、都市や都や国家は隋や唐から学ぶ事なく成立はしない。こうして漢学と国学の対立と対話が「日本人の生き方」のメインストリームだったし、その時々の外来語を加えたその時々の現代国語が新たな第三局だった。卓越した代表的日本人は「漢詩」も読み、「和歌」も詠む。
太平洋戦争時、敵国語は使わない方針でアメリカと対峙し、敗戦の色濃くなると、漢語・漢字を使わない精神で中国大陸から退却し、大和心・大和魂によって桜が散るように散ったのか。数百万の日本人は。
漢文・古文・現代国語をしっかり学ぶ事で「日本人の生き方」は学べるし、それは普遍的な「人間の生き方」にも通ずる。
日本人は自らの生き方をどう考えて来たのだろう。内容に立ち入らないとすれば、漢文か和文かであり、漢学か国学か、であった筈だ。大和言葉だけでも家族生活は出来る。地域社会も営めるだろう。だが、都市や都や国家は隋や唐から学ぶ事なく成立はしない。こうして漢学と国学の対立と対話が「日本人の生き方」のメインストリームだったし、その時々の外来語を加えたその時々の現代国語が新たな第三局だった。卓越した代表的日本人は「漢詩」も読み、「和歌」も詠む。
太平洋戦争時、敵国語は使わない方針でアメリカと対峙し、敗戦の色濃くなると、漢語・漢字を使わない精神で中国大陸から退却し、大和心・大和魂によって桜が散るように散ったのか。数百万の日本人は。
漢文・古文・現代国語をしっかり学ぶ事で「日本人の生き方」は学べるし、それは普遍的な「人間の生き方」にも通ずる。