明雄はアルバイトにも慣れ、夏休み前には教習所に払う費用が工面できそうな見通しになった。免許を取ったら「足利・江戸・鎌倉」にドライブする計画を立てた。国語科の漢文・古文・現代国語に数学と英語も加えようとも思ったが、英語・数学は別枠にして直接現実的な問題とは絡めない事にした。数学は生き方と絡める事も可能だ。例えば複素数、この虚数をフィクションと考え、実数を現実と考えれば、複素空間こそ、現実空想入り混じったこころの世界になぞらえる事もできる。統計は、概念的・観念的でない、数値による現実の把握が可能になる。悩みも、問題も数値化できれば、解決の入り口には立った事になる。英語だってきっと生き方と絡める事が可能な筈だ。明雄が国語に生き方を求めているのは、漢学と国学の対立・対話が千何百年にも渡る、日本人の主なる自己形成のテーマであったからだと思うからだ。江戸時代でさえ朱子学・国学・蘭学の構造はあった訳だから、漢学と国学だけに絞るのは歴史を無視しているようにも思える。外国語・数学・その他は現代国語にまとめて、漢文・古文・現代国語に生き方を求めている。理解していただけるだろうか?