ちょうど新宿に超高層ビルがたちはじめていた頃、1970年代、日本を英語国にしようと若者にターゲットを定めてアプローチを開始したいくつかの多国籍企業があった。その多くは新都心の高層ビルにヘッド・オフィスを置き、札幌、仙台、、、等々にブランチ・オフィスを順次設置し、日本人の何割かを日常的に英語が話せ読み書きができる国際人にしようと壮大な目標を掲げ実行しようとしていた。僕が研修をうけたブリタニカもそのひとつだった。なかには、海外旅行とリゾート地でのウィンドサーフィンなどが格安で利用できるカードを商品に加えたところや、英会話教室での達成度保障付きのところもあったが、多くは、カセットの英会話教材と英語百科事典のセットの販売が基本であった。ありとあらゆる名簿から電話を掛け、アポイントメントをとり、会ってプレゼンテーションを行い、契約に漕ぎ着ける。
ただ、いわゆるセールスと少し違うのは、販売する方も購入する方も「日本の国際化をあなたは信じますか?」「はい、信じます。」「それでは、その方法としてあなたには留学ができますか?家庭教師に1対1で英語を教えて貰えますか?」「いいえ」「それでは、現実的に当社の提供する教材を使う以外の方法はありますか?」「ありません、契約します。」最後は日本の国際化を信じる者同士の関係に近づくという点だ。
僕は20代の前半、20か21の頃にこの確信を仕事にするほど強くは持てなかった。アメリカ人しか原則的に入れない六本木のアメリカンクラブでのブリタニカのパーティには参加させてもらったが(ブリタニカの本社はイングランドではなくアメリカのシカゴ)、ブリタニカは研修だけで去る事になった。ジェット機をチャーターしての慰安旅行には未練はあったが、、IB(アイスブレーク)が取れなかったのだ。
日本での小学校英語、英語で卒業できる大学学部、学科の増加などから考えると確実に未来は
1st公用語か2nd公用語かの問題は残るとしても、日本は英語国のひとつになる事だろう。
ただ、いわゆるセールスと少し違うのは、販売する方も購入する方も「日本の国際化をあなたは信じますか?」「はい、信じます。」「それでは、その方法としてあなたには留学ができますか?家庭教師に1対1で英語を教えて貰えますか?」「いいえ」「それでは、現実的に当社の提供する教材を使う以外の方法はありますか?」「ありません、契約します。」最後は日本の国際化を信じる者同士の関係に近づくという点だ。
僕は20代の前半、20か21の頃にこの確信を仕事にするほど強くは持てなかった。アメリカ人しか原則的に入れない六本木のアメリカンクラブでのブリタニカのパーティには参加させてもらったが(ブリタニカの本社はイングランドではなくアメリカのシカゴ)、ブリタニカは研修だけで去る事になった。ジェット機をチャーターしての慰安旅行には未練はあったが、、IB(アイスブレーク)が取れなかったのだ。
日本での小学校英語、英語で卒業できる大学学部、学科の増加などから考えると確実に未来は
1st公用語か2nd公用語かの問題は残るとしても、日本は英語国のひとつになる事だろう。