エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルです![]()
カイロから、休みの日の朝なら2時間で到着する
ファイユームのコム・オシムにある遺跡カラニスに行ってきました。
グレコ=ローマン時代の古代都市カラニスの入り口にある博物館
コム・オシム博物館
今でも入場券が手売りの
昔懐かしい感じのする素朴な博物館は2階建てで先史時代からグレコ=ローマン時代、
コプト時代、イスラム時代のコレクションが展示されていて、
ここに住んだ古代住民の日常生活が垣間見えます。
博物館に遮られ、遺跡の様子は分からなかったのですが、
エリアの入り口に立ち、その広大さに驚きました![]()
カラニスはプトレマイオス2世(世界7不思議のひとつ、ファロスの灯台を完成させた)に
よって紀元前3世紀につくられた町のひとつで、
紀元前1世紀、エジプトを支配したアウグストゥス
(プトレマイオス朝エジプトを併合・ローマ帝国初代皇帝)により
衰退した運河の清掃と堤防の修復のために労働者(ローマの退役軍人)を派遣し、
この地域の生産性を回復させたことで、町は北に拡大しました。
数千人を要する泥レンガづくりの集落がありました。
遺跡のインスペクターからふたつの神殿に祀られていたのは
ファイユーム(コム・オンボもそのひとつ)を中心に信仰を集めた
古代エジプトのワニの神、ソベク神と聞きました。
この神殿は皇帝ネロの時代に、
ワニに関連する神プネフェロスとペテスーショスに捧げられていたそうです。
耳慣れない神様の名前に、
ググるとこんな画像が出てきました![]()
カラニスを調査したミシガン大学のページから
コム・オシム博物館に展示されていたのも、
頭は鳩のようで、胴体はワニ。
と思いましたが、どうやら、頭部は鷲だそうです![]()
そうは見えません![]()
プネフェロス、大エジプト博物館にもありました!
めっちゃワニやん。
石灰岩のブロックで造られたエジプト様式の
南と北にある神殿は作られた時代は違えど同じような形でした。
↑ワニのミイラが納められていたそうです。
大エジプト博物館のメインギャラリーで見られるワニのミイラ
遺跡を見る前に入ったコム・オシム博物館にそっくりな聖人の肖像画![]()
’’南の神殿では典型的な配置が見られ、
舗装された歩道が列柱式の中庭へと続いているが、
このような神殿の中庭はすべてそうであるように、原初の湿地を象徴している。
列柱は湿地の植物を表しているが、石にすることで、腐りやすい性質を克服し、
その本質を保っている
中庭の向こうには、神殿の建物があった。
この聖域では、高い壇や祭壇が原始の丘を表していた。’’
古代エジプト神話が活かされた神殿のつくりにきゅんとします![]()
’’おそらくここで、薄暗い松明の明かりか、あるいは戸口から差し込む太陽の光だけが遮る暗闇の中で、神の啓示を呼び起こすための神聖な儀式が司祭たちによって執り行われたのだろう’’
とインスペクターから説明された場所。
中に小さな部屋があり、降りることが出来ます。
一般の人たちは入れない神殿内部、
神官たちが、国民の願いを書かれたものを託され、代わりに神に祈ったそうです。
その願いが書かれたものが発見されているそうです![]()
行った後で調べて、なるほど!と思います。
古代ギリシャの歴史家ヘロドトスが紀元前5世紀にテーベとファイユームで行われていた
ワニ崇拝の習慣を伝えているそうです。
’’彼らはワニの耳にガラスと金の装飾品をつけ、前足にブレスレットをつけ、
特別な食べ物と供物を与え、生きている間は最高の待遇を与える。
死後、ワニは防腐処理され、神聖な棺に埋葬される’’
どうやって装飾品をワニにつけたのでしょうか![]()
装着のために何人か食べられていそうです![]()
と思いましたが、
卵が孵化して、その時から餌付けをすると、人に懐いている姿のワニを最近動画で見ました。
育てたワニに装飾品をつけることは出来そう。
博物館にあるミイラには、その装飾品が今でもみられたりするのでしょうか!?
インスペクターから、
ワニをここで飼っていたと聞きましたが、狭くなかったんでしょうか。
実際は別の遺構かもしれません。
私たちが訪れたときには、他の観光客はいなくて、
にぎやかなインスペクターと門番を2人も連れて遺跡を歩きました。
お客さんが来たので、門番は呼ばれて行きました![]()
最後はラムセス2世の頭のない座像で記念撮影です!
日本の観光地によくあるような、後ろから頭を出して!
はい、チーズ、パチリ!
神殿に住居跡、ローマ風呂跡、
陶器の破片が至るところにたくさん落ちていて、
古代の豊かな暮らしを想像しました。
















