第4問:あの人と2人だけになると何故居心地が悪いのか
【体験】
わたしたちは毎日職場や学校で同じ人たちと顔を突き合わせ、会話をしています。家で家事や自営で仕事をしている場合も他人との接触なしでは暮らしは成り立っていないでしょう。毎日顔を見る人たちが多くても少なくても、その中には気軽に接せられる人もいればそうでない人もいます。今回はその人への好感度の高低とはちょっと違う次元での実体験の話です。
わたしの職場は部署総員14名の中規模なところです。わたしは幾度かの異動を繰り返しながらもこの部署に舞い戻り、通算すると10年程ここに勤務しています。
その10年間変わらずにここに居続けている方がいます。仮にKさんと呼ぶことにします。Kさんは15年間職場を変わっていません。特殊な技能を持っているので異動させると業務が成り立ちにくいためで、他に引き取り手がいないのではありません。悪態をついたりネガティヴなことばかり言うなどの嫌われやすいタイプでもないとお断りしておきます。
Kさんと一緒の職場にいれば、昼食時や飲み会の帰りなどに2人だけという機会がまま訪れます。長年の付き合いでKさんの趣味や話の志向はほぼ把握しているつもりです。最近のニュースやKさんの志向に沿った話題を振るようにしています。普通そういう場合、互いの発言が糸を織り成すように交わされ編み上げられ、例えくだらない内容であっても一つの心地良い空間が形成されるものです。
しかしKさんとの場合はそういったものが形成されることが極めて少ないのです。話題は中途半端に途切れ、また全く脈絡のない発言がKさんから放射されたりします。となると黙っているのも、発言するのも躊躇われるこう着状態に陥り「早く時間が過ぎて欲しい」という居たたまれない気分になります。非常に居心地が悪いです。
Kさんからの放射あるいは反応は、当初わたしが想定していた範囲を超えてしまっているのです。
例えばこんなやり取りです。まずわたしが振ります。
「最近、簡単に人を殺す奴がいて恐いよねぇ」
「そう、キレる人多いんですよ。うちの近くのコンビニの前にすぐキレそうなのがたむろしてるから困る」
「小学校とかで不審者情報をメールで親に送ってるところもあるらしいよ」
「へぇー、小さい子を持っている人は大変ですね」
などと話をした直後に、突如
「あれってどう思います?」
という質問がKさんから発せられます。どれを指して「あれ」と言っているのか分かりません。不審者のことではないらしく、戸惑いを隠しそのまま話を聞きます。すると「あれ」とはAppleのiPodminiのことだったりします。確かにKさん好みの話題ではありますが、殺人事件とのつながりは全く見えません。居心地悪さレベル1です。
その後iPodminiのKさんなりの評価、動向などが語られます。自分のテリトリーですから情報量には事欠きません。こちらは適宜相槌を打ちながら聞き続けます。そしてその会話はKさんが予め用意していたと思われる結論(オチ)で終了します。「まだ“買い”の時期じゃない」と。ただ苦笑い..居心地悪さレベル2です。
固まり掛けた空気の中、わたしが思い付く話題はもう明日の天気とか相変わらずこの街は人が多いねとか、いつどんな方向にKさんが放射を始めても困らないように気を使います。もしくはダンマリを決め込みます。人との交錯、融和に身を置きたいわたしには最悪の状況です。しかしKさんは表情も変えずお絞りを使って折紙の真似などしています。ハァ-ッ、居心地悪さレベル3です。MAXです。
悪い人ではありませんし、一般常識も備えている方です。多人数でいる時はその場に馴染み、融合の輪の中にいるように思われます。しかし2人になると状況が変わるのです。
ちなみに同じ職場にいて気心の知れている同僚2名にこの状況につき聴取を行いました。程度の差こそあれ、2人とも同じように感じていることが判明しました。
【検証】
まずKさんの職場における仕事のスタイルについて触れる必要があるでしょう。先程Kさんが特殊な技能を持っていると記しましたが、その仕事は一人で黙々とあるものの製作(編集だとも言えます)に勤しむものです。知識と技術、そして感性と根気の要る仕事。Kさんは仕事の結果に対し評価を受けることこそあれ、プロセスについては評価は勿論、助言を得ることなど殆どありません。自らのみで高みに昇っていく努力を費やしています。仕事においては孤高の位置にいると言えます。
一方プライベートでは、だいぶ前のことになりますが異性との関係で深い痛手をおったことがあります。わたしは周囲から断片的に聞いただけなのですが、確かにKさんはトレードマークだった眼鏡を外してコンタクトにし、高価ではないにしても多少お洒落なファッションに身を包んだ時期がありました。わたしも他人事ながら変化を感じていました。傍目にも表情に明るさが光っていました。
しかし、わたしが他部署に異動になっている間に悲しい結果に終わったようです。詳しい事情は誰も知らない様子で(知っていても無闇に人に話すべきことではないですが)、Kさん本人も眼鏡に戻すことこそありませんでしたが光るものが消えていたように思えます。
最後に職場での宴会でのKさんの様子を見てみます。わたしはKさんばかり気にしている訳ではありませんが、Kさんの様子は次の2つに大別されます。1つは隣りの人と熱心に話し込んでいる様子です。時折オーバーとも思えるアクションを交えながら持論を展開しているように見えます。目が輝いています。もう1つは周りから孤立しているのかと思われる様子です。その時は一人杯を傾けているか、黙々と目の前の料理に取り組んでいます。特に周りの談笑に耳を傾けている様子ではありません。それでもそれなりに満足気に座っています。落ち着いています。
【結論】
どんな人でも自分の関心、知識、経験などに基づいた、見えざる居心地の良いテリトリーを持っています。それは物理的な範囲ではなく、一言で言えば「好奇心の輪」というようなことです。そしてその輪は弾力性を持っており、それまでテリトリーに無かった事柄でもうまくその中に取り込み、居心地の良い空間が周囲から孤立しないように常に自律活動しています。
子供の頃は誰でも好奇心の固まりです。固まりと言ってもそれは非常に弾力性の高いもので、まだ形らしい形は形成されていません。自分に触れるあらゆるものを吸収しつつも、繰り返し触れるものが増えるに従い徐々にテリトリーが柔らかい形をなし、それが「好奇心の輪」と成長していきます。
Kさんの場合その輪が、検証で記した体験などを経て、やや弾力性を失っているのだと思われます。大人になるにつれ誰でも弾力性を失っていくのですが、Kさんの場合その進み具合がやや早いのかもしれません。
Kさんは多人数を相手にすると、その輪を自分の中に抱え、守る姿勢になりがちなのでしょう。むしろそうすることの方が心地良いのかもしれません。
そして1人を相手にする時には、自分の輪の中のものを相手に理解して欲しい、自分の心地良さを分けてあげたいと思っているのかもしれません。Kさんの「好奇心の輪」は吸収することよりも、放射することにその弾力性を使っていると思われます。
【追記】
残念ながらKさんと休日を共にしたことはないのでプライベートでの顔をわたしは見たことがありません。Kさん本人から聞く話では、毎年夏の休暇では職場外での友人たちと北海道を自転車で走り回ることを非常に楽しんでいる様子です。それがKさんを支えている最も居心地の良い空間を持てる時間なのでしょう。
わたしたちは毎日職場や学校で同じ人たちと顔を突き合わせ、会話をしています。家で家事や自営で仕事をしている場合も他人との接触なしでは暮らしは成り立っていないでしょう。毎日顔を見る人たちが多くても少なくても、その中には気軽に接せられる人もいればそうでない人もいます。今回はその人への好感度の高低とはちょっと違う次元での実体験の話です。
わたしの職場は部署総員14名の中規模なところです。わたしは幾度かの異動を繰り返しながらもこの部署に舞い戻り、通算すると10年程ここに勤務しています。
その10年間変わらずにここに居続けている方がいます。仮にKさんと呼ぶことにします。Kさんは15年間職場を変わっていません。特殊な技能を持っているので異動させると業務が成り立ちにくいためで、他に引き取り手がいないのではありません。悪態をついたりネガティヴなことばかり言うなどの嫌われやすいタイプでもないとお断りしておきます。
Kさんと一緒の職場にいれば、昼食時や飲み会の帰りなどに2人だけという機会がまま訪れます。長年の付き合いでKさんの趣味や話の志向はほぼ把握しているつもりです。最近のニュースやKさんの志向に沿った話題を振るようにしています。普通そういう場合、互いの発言が糸を織り成すように交わされ編み上げられ、例えくだらない内容であっても一つの心地良い空間が形成されるものです。
しかしKさんとの場合はそういったものが形成されることが極めて少ないのです。話題は中途半端に途切れ、また全く脈絡のない発言がKさんから放射されたりします。となると黙っているのも、発言するのも躊躇われるこう着状態に陥り「早く時間が過ぎて欲しい」という居たたまれない気分になります。非常に居心地が悪いです。
Kさんからの放射あるいは反応は、当初わたしが想定していた範囲を超えてしまっているのです。
例えばこんなやり取りです。まずわたしが振ります。
「最近、簡単に人を殺す奴がいて恐いよねぇ」
「そう、キレる人多いんですよ。うちの近くのコンビニの前にすぐキレそうなのがたむろしてるから困る」
「小学校とかで不審者情報をメールで親に送ってるところもあるらしいよ」
「へぇー、小さい子を持っている人は大変ですね」
などと話をした直後に、突如
「あれってどう思います?」
という質問がKさんから発せられます。どれを指して「あれ」と言っているのか分かりません。不審者のことではないらしく、戸惑いを隠しそのまま話を聞きます。すると「あれ」とはAppleのiPodminiのことだったりします。確かにKさん好みの話題ではありますが、殺人事件とのつながりは全く見えません。居心地悪さレベル1です。
その後iPodminiのKさんなりの評価、動向などが語られます。自分のテリトリーですから情報量には事欠きません。こちらは適宜相槌を打ちながら聞き続けます。そしてその会話はKさんが予め用意していたと思われる結論(オチ)で終了します。「まだ“買い”の時期じゃない」と。ただ苦笑い..居心地悪さレベル2です。
固まり掛けた空気の中、わたしが思い付く話題はもう明日の天気とか相変わらずこの街は人が多いねとか、いつどんな方向にKさんが放射を始めても困らないように気を使います。もしくはダンマリを決め込みます。人との交錯、融和に身を置きたいわたしには最悪の状況です。しかしKさんは表情も変えずお絞りを使って折紙の真似などしています。ハァ-ッ、居心地悪さレベル3です。MAXです。
悪い人ではありませんし、一般常識も備えている方です。多人数でいる時はその場に馴染み、融合の輪の中にいるように思われます。しかし2人になると状況が変わるのです。
ちなみに同じ職場にいて気心の知れている同僚2名にこの状況につき聴取を行いました。程度の差こそあれ、2人とも同じように感じていることが判明しました。
【検証】
まずKさんの職場における仕事のスタイルについて触れる必要があるでしょう。先程Kさんが特殊な技能を持っていると記しましたが、その仕事は一人で黙々とあるものの製作(編集だとも言えます)に勤しむものです。知識と技術、そして感性と根気の要る仕事。Kさんは仕事の結果に対し評価を受けることこそあれ、プロセスについては評価は勿論、助言を得ることなど殆どありません。自らのみで高みに昇っていく努力を費やしています。仕事においては孤高の位置にいると言えます。
一方プライベートでは、だいぶ前のことになりますが異性との関係で深い痛手をおったことがあります。わたしは周囲から断片的に聞いただけなのですが、確かにKさんはトレードマークだった眼鏡を外してコンタクトにし、高価ではないにしても多少お洒落なファッションに身を包んだ時期がありました。わたしも他人事ながら変化を感じていました。傍目にも表情に明るさが光っていました。
しかし、わたしが他部署に異動になっている間に悲しい結果に終わったようです。詳しい事情は誰も知らない様子で(知っていても無闇に人に話すべきことではないですが)、Kさん本人も眼鏡に戻すことこそありませんでしたが光るものが消えていたように思えます。
最後に職場での宴会でのKさんの様子を見てみます。わたしはKさんばかり気にしている訳ではありませんが、Kさんの様子は次の2つに大別されます。1つは隣りの人と熱心に話し込んでいる様子です。時折オーバーとも思えるアクションを交えながら持論を展開しているように見えます。目が輝いています。もう1つは周りから孤立しているのかと思われる様子です。その時は一人杯を傾けているか、黙々と目の前の料理に取り組んでいます。特に周りの談笑に耳を傾けている様子ではありません。それでもそれなりに満足気に座っています。落ち着いています。
【結論】
どんな人でも自分の関心、知識、経験などに基づいた、見えざる居心地の良いテリトリーを持っています。それは物理的な範囲ではなく、一言で言えば「好奇心の輪」というようなことです。そしてその輪は弾力性を持っており、それまでテリトリーに無かった事柄でもうまくその中に取り込み、居心地の良い空間が周囲から孤立しないように常に自律活動しています。
子供の頃は誰でも好奇心の固まりです。固まりと言ってもそれは非常に弾力性の高いもので、まだ形らしい形は形成されていません。自分に触れるあらゆるものを吸収しつつも、繰り返し触れるものが増えるに従い徐々にテリトリーが柔らかい形をなし、それが「好奇心の輪」と成長していきます。
Kさんの場合その輪が、検証で記した体験などを経て、やや弾力性を失っているのだと思われます。大人になるにつれ誰でも弾力性を失っていくのですが、Kさんの場合その進み具合がやや早いのかもしれません。
Kさんは多人数を相手にすると、その輪を自分の中に抱え、守る姿勢になりがちなのでしょう。むしろそうすることの方が心地良いのかもしれません。
そして1人を相手にする時には、自分の輪の中のものを相手に理解して欲しい、自分の心地良さを分けてあげたいと思っているのかもしれません。Kさんの「好奇心の輪」は吸収することよりも、放射することにその弾力性を使っていると思われます。
【追記】
残念ながらKさんと休日を共にしたことはないのでプライベートでの顔をわたしは見たことがありません。Kさん本人から聞く話では、毎年夏の休暇では職場外での友人たちと北海道を自転車で走り回ることを非常に楽しんでいる様子です。それがKさんを支えている最も居心地の良い空間を持てる時間なのでしょう。