中西典章議員がFacebookで小川榮太郎なる人物の投稿をシェアしている。
この人物がその「小沢栄太郎」似の名前とともに世人の記憶に残っているのは、以下のような経緯があるからであろう。
自民党衆院議員の杉田水脈が「LGBTは子どもを作らないから生産性が無い」とした文を「新潮45」2018年8月号に寄稿して世論の反発を受けたのは記憶に新しい。その二か月後、同誌編集部が企画した「そんなにおかしいか「杉田水脈」論文」という特集があった。
そこに寄稿した「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という小川榮太郎の記事は、杉田水脈の記事以上の批判を受け、「新潮45」廃刊の原因にもなったのではないかと指摘されている。
「『新潮45』廃刊の真相と小川榮太郎氏の正体とは」
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/9680/
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/9681/
上記の記事などを検索していると、ある市井の人物の慨嘆がつづられていた。
(以下大意)
「小川榮太郎さん、少しは理解を深めてくれたと思ったのに…。杉田水脈擁護の人達もだが、本当に彼らは彼らの「常識」を微塵も疑って無くて、LGBT差別と感じる人は皆バカだとしか思えないんだろうな。こんな人達に響くように対話を根気よくしていくことは、途方もなく大変なんだろうな・・・」(以上)
コミュニケーションの不在、と言ってしまえば簡単だが、何が「正しさ」なのかを検証しない主張は「かちもない」ものだろう。
今回、中西議員が引用(シェア)した小川榮太郎の文章にも「インフルや肺炎以上の社会被害(注:造語か?)が予見される事態になれば対応を考慮する。(中略)・・・が、インフルや肺炎以上の猛威でない限りはもう対応しない。これがここまでの日本で生じた「事実」にふさわしい対処でしょう」と記述している。その「事実」とは、院内感染による高齢者の死者が大多数である、ということのようである。しかしそこには数字も調査結果の裏付けも付されていない。
そして、何をもって「猛威」とするのか、その根拠もどこにも示されていない。
もちろん、インフルエンザに罹患した場合の死者数と比べれば・・・という議論はある。しかし、いま有効な治療薬がない新型コロナウイルスと同列に語られるべきものだろうか。
他者の発言をシェアするという行為は「世に広めたい」という意思の表れと解釈できる。
この記事をシェアしていいのか? と懸念の声が上がることを中西議員は理解してほしい。