東日本大震災からちょうど1年経ちました。
 
黙祷。

鎮魂と復興を祈って。

寝る間や食事の時間を惜しんで、おむつを履いて救助活動に当たった自衛隊の方の話や、

自らも被災者でありながら、超人的な気持ち(心)と身体で、何人もの人を救った方の話があると、

友人のブログに書いてありました。


自分も津波で流されている時に、流れて来たおばあちゃんの上着の首根っこを掴み立ち泳ぎ?

そのおばあちゃんは「私はもう駄目だから、あなた逃げて」と言ったところ、

「何言ってるんだ?最期まであきらめるな!」 と彼。

そして、もう1人。

別の男性が流されて来た。

自分も流されながら、彼はなんと両手に他人をホールドし、

運良くどこかの建物の上階に流され付いた。

その3名は生き延びた。

で、ひと息つく間も無く彼は、流れ着いた木材をいかだにまた出て行った。

18名を救った・・・。


ご自分の家族と町の人を救って自分は亡くなった警察官、村長さん、そして市役所で働いていた女性。

そう言う人が沢山いる。

士気の高い素晴らしい人が沢山いる。

生き残った人からは、バカやろうって言われていたけど・・・。

笑顔で、そして涙で、そして尊敬の眼差しで。


数多く有るそれぞれの生き様、涙無しでは聞けないと思う。


今でも当然の事ながら、悲しみにうちひしがれて毎日を過ごしている方、

その中ででも必死に戦ってる方、本当に様々な生き方が有ります。

全ての亡くなった方の ご冥福をお祈り申し上げます。
そして、それ以上に、

今、生き延びた方達が、あの時死んでいれば良かったと思わないように。そんな風に思います。

先出の友人のブログより


『ある女性の俳句。
      "前向きに生きたいけれど、どっちが前?"

・・・。

今の気持ちをホントに良く表現されている俳句だと思いました。

どうして良いか分からない、悲しみや怒りの矛先。

でもこうやって、少しずつでも感情を表に出して行く事で進んで行って欲しいです。

何かの形で応援したい、そんな気持ちに改めてなりました。』

という文章が。

次は我が身かもしれない。
この先何が起こるかなんて分からない。
この世に生を受けて来たからには、いつかは死ぬ。
その最期のときは、どのようにやってくるのだろう?
それが、今言われているように4年以内に70%で起こるかもしれない震災だとしたら、

自分はどう動くのだろう?
強く生きられるのだろうか?
それは、震災と言う形ではないかもしれない。
でも、果たして、自分はどうするのだろう?
どうしたいんだろう?
どんな風に地球に戻って行きたいんだろう?
極限値にいても「生まれてきて良かった。ありがとう。」 って、言えるかな?

 その最期の時に。

私の愛してやまない息子達は?

彼らが受けたショックは心に残らず消えていくのだろうか?

地域なりに東北とは比較にもならないけど被害はあった。

私たちは私たちなりに恐怖を感じた。

その行方は?

長男はPTSDを疑われた。

5月に小児精神科の予約をしている。

いまだに地震には敏感だし、涙目になる。

フラッシュバックとはいつ起きるかわからないものだ。

その恐怖を次への自然災害への警戒心にするのもひとつだけど、

それ以上のトラウマにはならないで欲しい。


あと何年かかるかわからない。

日本人のすべてが笑顔で、

でもこの出来事を忘れることなく、

落ち着いた日々を暮らせることを心から願った。