ricomida ricoson

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リオのあの男の子は永遠に歳をとらない。あの夏のまんまずっとそこにいる。
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1980年カエタノ・ヴェローゾがリオデジャネイロの歌といえば「イパネマの娘」という定石を壊した。
あるビーチボーイをモデルに書かれた「Menino do Rio」(リオの男の子)。この歌はBaby Consueloの歌で、超有名なテレビドラマ「Agua Viva」のテーマ曲として使われた。
この曲のモデルになったのはジョセ・アルトゥール・マシャド、あだ名はペッチ。イパネマの浜辺で育った22歳のサーファー。
70年代ペッチはその時代のリオデジャネイロの若者のシンボル的存在だった。
金髪で緑の瞳、自由でスポーツマン、アーティストで、モデル。。リオでいちばんきれいな女の子たちを夢中にさせた。
歌に歌われているのはこの頃。

そして。。。Menino do Rio、ペッチのその後は。。。
コカインを常用するようになり、1987年8月29日友達のバイクに乗って事故を起こした。
40日間の昏睡状態のあと、命は取り止めたが、半身不随になり、彼の表情も、口元も固まったようになってしまった。
1989年3月7日、人生を悲観した彼は、海に面した彼のアパートメントのドアに鍵をかけ、柔術着の帯で首を吊った。享年32歳。

彼は永遠に歳を取らずにカエタノの歌の中で男の子のままだ。

 

仁寺洞に帰ってきた。

まだ相方との待ち合わせ時間に余裕があったので路地裏をウロウロ。。。しているうちに道に迷う

ゲストハウスの入り口に人がいたのでホテルまでの道を尋ねると、なんと親切にもホテルが見える所まで送ってくれました。

親切なイケメン韓国男子はレオさんというゲストハウスのオーナー。

ピビンパブゲストハウスはリノベーションしたばかりの綺麗な伝統韓屋のゲストハウスでした。泊まってみたい!

お礼を言って別れ、ゆうかさんと合流しピビン冷麺。

美味い!辛い!

後、さっき迷った辺りにあるトゥランというお茶屋さんで伝統茶を。

ここのオーナーさんは少し日本語ができます。カフェソウルという映画のロケに使われたそうです。

ゆったりした時間が流れます。。。。

まだ空港に行くには早い。
まだ食べる?Yessss!!!!
またカンジャンシジャンへ。

イイダコの活け造りをごま油と塩でいただく。

まだウニウニ動いてる。口の中でほっぺの裏にくっつく~~~~。

最後のマッコリ。。。。
そして地下鉄で空港へ。
お名残り惜しい。。。

また来ますソウル。

機内食でもマッコリを。。

4日目は帰国の日。夜発なので今日もまるまる遊ぶ気満々。
1日目に行った24時間営業の駅前の食堂でスンドゥブチゲを食べる。

その後屋台のトーストを丸々1個は無理なので駅前のゆうかりんと半分シェアする。

もう明日はいないから欲張って食べておくw。
4日目の午前中は個人行動。お互い行きたいに行くことに。

私が選んだ行き先は大学路近くにある路上アートスポット、梨花洞。
地下鉄4号線恵化駅下車。

大学路は演劇の街としても知られている。小さい劇場で出し物がたくさん。

道の途中にあると分かっていたのでとにかく山の方向に向かって歩く。なぜか公園に出てしまった。駱山ナクサン)公園。

どんどん上に登っていく。

なんで登っているんだろ?
今回は山登りの予定になかったのに。ソウル城壁まで出てしまった。

まぁいい天気だし、いい景色。

眺めのいいところに何故か運動器具が。
健康志向の韓国人ですが山に登ってここで運動。。気持ちいいとは思うけど^^;

公園から降りてなんとなくブラブラ行くとアートな感じのオブジェが。

ちょっと行くと道に壁画が描かれている。

階段とかにもある。ここは有名らしく人が沢山。

家の壁いっぱいに蝶々と花可愛いなぁ。

私が1番気に入ったのはこれ。

このおじさん椅子に座りながら南山のソウルタワーのほう見ている。

おしゃれな感じの絵からちょっと楽しいものまでいろいろあった。

駱山(ナクサン)公園~梨花洞めぐりをして駅前でアイスコーヒーを飲みちょうど半日。
午後に向かって待ち合わせのために鐘路3街に戻る。