でぢたるのつぶやき

でぢたるのつぶやき

感じたことや 経験したこと 大切なこと‥
ボケていろいろ忘れないよう記録簿代わりに書いてます♪

 

覚えてますか?

 

昔 とある政治家が「命がけで!!」と

号泣会見したことがありましたよね

 

リアルタイムでそれを見た私は

パロディーのフェイクニュースだと

本気で思って見ていましたが

 

マジだったんですよね 滝汗

 

 

ところで今の世の中に

 

文字通り「命がけ」で

何かに取り組んでる人なんて

どれくらいいるのでしょう?

 

 

政治家は国民の生活より

自分の損得と快楽を優先し

息をするように嘘を吐き

 

医者は患者の回復よりも

自身の経済的安定を優先

 

法律は被害者より加害者を守り

メディアは偏向報道だらけ…

 

 

 

今はそんな世の中

 

そんなシステムばかり

 

 

命がけで誰かを愛する者や

覚悟を持って何かに挑む者は

 

今の世の中

 

「カモ」や「道化師」

に見えてるんだろうなぁ チーン

 

 

 

でも 私の周りのニンゲンは

そんな「不器用」ばかりが

集まってると感じています

 

 

 

 

真剣・本気・真面目な

バカばかりなんですが

 

 

そいつらは

 

私の「誇り」です ちゅーキラキラ

 

 

 

 

私の人生を豊かにしてくれて

「ありがとう」

 

 

 

今年の3月に入って途端

 

精神的にも 肉体的にも

まるで

試練のような出来事が立て続き

少々戸惑い気味です

 

 

それは

流れから起きる必然であったり

宿命的で躱せないものだったり

 

しかも内容的に

かなり重いものが多い

 

ですが

ほんのちょっぴりなんですが

大切な事を学べている気がします

 

 

例えば"流れること"と

"流されること"の違い

 

この齢になってようやく

"流れ"というものを

少し感じられるようになり

その中での新しい学びです

 

まぁ こんな自己満足話を

偉そうに語りはしませんが

 

自分の中ではかなり大きな

"気付き"

であると思っています

 

それと同時に

何か‥正直 嫌なんですが

 

変るべき時がきたんだなって‥

 

「そのとき」が来たんだなって

感じてもいます

 

 

そう考えると私には

 

余りに学ぶべき事が多くて

 

人生って

 

長いのか 短いのか

よくわからないです(笑)

 

 

こうやって経験を重ねる程に

自分の愚かさと 小ささと 無能が

よくわかるようになりました

 

 

"がんばれ!! 俺!! (泣)"

 

 

 

 

まぁ‥少しは自覚があったんだけど

 

自分がこんなにも心配性で

ダメな奴だとは思わなかった

 

 

胸がざわざわし

 

居ても立っても居られず

やるべき事さえ手に着かない

ゲロー

 

そんな自分が

 

ちょっと情けない

 

‥いゃ

 

かなり 情けない 

チーンガーン

 

 

 

自分にとって

かけがえのない相手の事となると

私は本当に女々しい

 

 

平気なフリをするのが

本当に難しい チーン

 

 

 

だけど思ったんだ

 

 

 

ここだけは

強くなくてもいいんじゃないかな?

‥て

 

こんな情けない自分が居ても

いいんじゃないかな?って

 

 

 

自分の本心なんて

当人ですらわからないものだけど

 

自分では大切と思っている相手に

 

「何かあったとき」

「何かあるとき」

 

自分から自然に溢れ出す感情が

どれほどの想いを相手に抱いているかを

克明に教えてくれる

 

 

 

 

だから

 

心を引き裂かれる想いを

感じる自分でいいんだと思う

 

ただ

 

死にそうなくらい

苦しむんだけどね

ゲロー

 

 

でも

 

そんな相手がいることに‥

 

…いてくれることに

 

感謝です デレデレキラキラ

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

本物の「天才」って奴に

会ったことありますか?

 

 

とても素晴らしいことに

今の時代には日本人の天才が

世界的な有名人として

日の目を浴びていますよね

 

その姿は神々しく 誇らしく

見る者に感動を与えてくれます

 

 

ただしそれらはすべて

天才が 部外者 であれば

の話であり

 

その天才が自分にとって

ライバルであったり

同業者であったのなら

 

その不幸感や絶望は

地獄に匹敵する筈です

 

 

ここにひとり

 

その重圧に押しつぶされた

私の知人がいます

 

 

長いあいだ努力を続け

世間に認められ

ようやく・・というとき

目の前に現れた稀代の天才

 

その瞬間

すべての可能性も輝かしい未来も

音をたてて崩れ去ったそうです

 

 

"努力が足りない?"

 

 

…そうかもしれません

 

 

だけど

市販車をいくら改造した所で

同じサーキットを走る以上

トップレベルのF-1マシンには

到底及ばないでしょう

 

 

 

 

奴がこの先

どの道を選択して歩みを進めるのか

付かず離れず見守りたいと思います

 

 

そいつは人として

とてもいい奴なので・・

 

 

昨日「目が見えにくい」とブログに書いたら

「緑内障や白内障の検査は?」

とコージさんに注意を受けたので

ちょっと心配になり

さっそく眼科で検査してきました

病院 真顔 ダッシュ

 

 

メッチャいろんな検査されたけど

結果的に多分こうなんだと思います

「よーわからん」滝汗 ハッ

 

 

診察の結果

1日に4回入れろと渡されたのは

とても小さな目薬(1個)でした

 

そして

何か不都合があったらまた来てね バイバイ

‥と言われ帰されました 滝汗 ガーン

 

 

 

そんなドクターとの会話で

わかったことが2つあります

 

ひとつはこの症状の原因が

十中八九「筋トレ」であること

 

ふたつ目は

 

症状を分析する事はできても

原因を正確に突きとめられる

医者は稀であることです 真顔

 

 

ある信頼できる人から

こんな話を聞いた事があります

「医者ほど不勉強な者はいない」

 

 

知識のアップデートの為には

勉強会や視察等が必要だけど

それを定期的に行っている医者は

殆どいないのだ‥と

 

 

あなたは車を運転しますか?

 

例え今現在あなたの免許証が

ゴールド免許であったとしても

街中にある標識や表示の意味を

全て正確に答えるのは難しい筈です

 

人は忘却の生き物です

 

そして常識というものは

常に更新され続けています

 

そんな世の中において錆び付かず

常に新しくありたいと願うのなら

学び続けるしかありません

 

 

そして視界がぼやけて眼科に行くのです

キラキラ 真顔

 

 

 

 

 

「風が強いなー」

なんて思いながら鉄棒へ向かった

 

すると

公園に着く頃には雪が降ってきた

 

 

「うわぁ‥やば」

とか思いながら筋トレ始めると

 

一瞬雪が止んだとあと

ちょうど

顔が空に向くメニュー時に

パラパラとあられが降ってきた

 

「何の嫌がらせカナ?」

 

そうやって神々に悪戯されながら

誰もいない公園で苦痛を楽しんだ

 

 

だけど

最近のワークアウトは

本当に楽しいと思える

 

 

短時間で終わって

短時間で効果が高い

 

こんなにココロオドル事はない

ニヒヒ

 

 

そういえば最近

右目が少々見えにくい

*老眼じゃないよ

 

両眼で世界を見てても

視界が少しぼやけてる

*老眼じゃないからね

 

だけど心配はしていない

 

こんなにも僧帽筋周りが張れば

視界も歪んで当然だと思うから

真顔

 

 

‥え!?  違うの?

 

 

やっぱり 齢のせいなの? 滝汗

 

 

 

 

真夜中に電話が鳴りました

 

 

2ヶ月ほど前

父親がギックリ腰になったので

その回復法を教えろと言われました

 

なぜ私に聞くよりも

病院で聞かないのか尋ねると

 

ギックリ腰をやったとき

それが夜間だったこともあり

父親が救急車を嫌がったので

そのまま自宅療養となり

病院には行っていないとのこと

 

今は歩けるまでに回復したけれど

それでも日中は家で横になってる

‥と 暗い声

 

 

奴の父親は元体操選手

 

今は退職しているけれど

会社でも優秀だったらしい

 

そんな父親がギックリ腰を境に

弱音ばかり吐くようになったと‥

 

通院‥薬‥リハビリ運動…

何を言っても聞いてくれないと‥

 

意味不明で道理の通っていない事を

よく言うようになったと…

 

認知症になったのかな…と

 

どうしたらいいのかな…と

 

 

そんな親の姿を見る奴の気持ちが

私には少しわかる気がしました

 

なのでスマホを強く握り締め

 

それこそが

"老い"なのだと説明しました

 

説明しながら

 

「そうあって欲しくない」

と願う子供の気持ちと

 

かつて

誇らしい姿を子に誇ったのに

 

身も心も自由にならない程に

年老いてしまった父親の葛藤が

冬の雨のように染みてきました

 

 

"なくさなければわからないこと"

 

"なくしてしまってわかること"

 

それはとても残酷で辛いこと

 

必ず後悔の念が残ること

 

だけど

自分が「当事者」となったとき

 

どうにもできないことが‥

(どうにもできなかったことが)

 

どうにもならないことが

(どうにもならなかったことが)

 

余りにも多いものです

 

 

ひとりの"男"としてよりも

 

"子供"として‥とか

"親"として‥とかを

 

"最後" まで全うする事は

本当に難しいのだと思います