出会いは図書館。
いつものように、新国訳大蔵経の棚に行くと、
「大般涅槃経が全巻揃ってる!」
自分が通う図書館では、大蔵出版「新国訳大蔵経」は数十冊あって、華厳経、大智度論、毘婆沙論等の巻数の多いものは、元々置いてないか、何巻か欠けた状態のようです。
「大般涅槃経」(南本)も読みたい経典のひとつだったので、図書館に通い始めた頃に棚にあれば気付いた筈…と思うのですが、まあ案外人間の認識ってアテにならないものなので、無意識にスルーしていたかも知れません。
とにかく、図書館に通い始めて数ヶ月、全巻揃いの「大般涅槃経」との出会いは、まさに「晴天の霹靂」、自分の頭の中で、何かがキラッと閃いた一瞬でした。
早速借りて家に持ち帰り、読書の苦手な自分がコツコツ読書を続けることが出来る唯一の方法である「記帳読書法」(要点や所感をノートにまとめながら読む方法)で「大般涅槃経」を読み始めると…。
「なにこれ面白い!」
経典というと、一般的なイメージだと、砂を噛むような理屈をお釈迦様が弟子に垂れている印象ですが、実は仏教の経典は時代を経るほど、ドラマチックに、ダイナミックに描かれるようになります。
理由としては、素人知見ですが、旧来の経典との差別化と、その経典に含まれる教えの表現と、読み手(聴き手)の想像力の喚起のためではないかな?と思います。
古い経典にも魅力はありますが、「大般涅槃経」の魅力は一種独特なものを感じます。まださほど読み進んでいませんので多くを書けませんが、少しずつ読んで、ぼちぼち感想や、プラス生活雑感等を書いていきたいと思います。
いつものように、新国訳大蔵経の棚に行くと、
「大般涅槃経が全巻揃ってる!」
自分が通う図書館では、大蔵出版「新国訳大蔵経」は数十冊あって、華厳経、大智度論、毘婆沙論等の巻数の多いものは、元々置いてないか、何巻か欠けた状態のようです。
「大般涅槃経」(南本)も読みたい経典のひとつだったので、図書館に通い始めた頃に棚にあれば気付いた筈…と思うのですが、まあ案外人間の認識ってアテにならないものなので、無意識にスルーしていたかも知れません。
とにかく、図書館に通い始めて数ヶ月、全巻揃いの「大般涅槃経」との出会いは、まさに「晴天の霹靂」、自分の頭の中で、何かがキラッと閃いた一瞬でした。
早速借りて家に持ち帰り、読書の苦手な自分がコツコツ読書を続けることが出来る唯一の方法である「記帳読書法」(要点や所感をノートにまとめながら読む方法)で「大般涅槃経」を読み始めると…。
「なにこれ面白い!」
経典というと、一般的なイメージだと、砂を噛むような理屈をお釈迦様が弟子に垂れている印象ですが、実は仏教の経典は時代を経るほど、ドラマチックに、ダイナミックに描かれるようになります。
理由としては、素人知見ですが、旧来の経典との差別化と、その経典に含まれる教えの表現と、読み手(聴き手)の想像力の喚起のためではないかな?と思います。
古い経典にも魅力はありますが、「大般涅槃経」の魅力は一種独特なものを感じます。まださほど読み進んでいませんので多くを書けませんが、少しずつ読んで、ぼちぼち感想や、プラス生活雑感等を書いていきたいと思います。