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サラリーマンおやじのさえずり小鳥っぷ(小旅行)

サラリーマンおやじの休日ドライブと温泉巡り

11月後半、京都は真っ赤な紅葉に彩られる季節になりました。「そうだ京都、行こう」と今年は台風の影響が心配されたことから京都郊外の西山・嵐山を目指して一泊二日の旅に出かけたのです。まずは一日目は京都郊外、洛西にあたる西山に山裾の広がる雄大な秋景色を堪能したいと車をはしらせました。

 

先ずは駐車場がないとのことで(実は300m先に臨時駐車場が開設されていた)阪急長岡天神駅近くのバス停「長岡天神」から開館は9時ですが一番乗りを目指し7:12の循環バスで「光明寺」を目指します。京都の西南、西山連峰の麓、美しい竹林や杉、松の森に囲まれた栗生の里は法然上人が初めて「お念仏」の教えを説かれたところで、800年の歴史を刻む光明寺は西山浄土宗の総本山で報国山光明寺として法然上人の教えを受け継ぎ、総門の前に立つ「浄土門根元地」という石標はそのことを表しています。

 

 

法然上人を開山一世としていますが、建久9年(1198)の創建に力をつくしたのは『平家物語』や謡曲『敦盛』に登場する、有名な一の谷の戦いで平敦盛の首をとった頼朝方随一の豪傑・熊谷次郎直実です。その慚愧の念と無常感を法然上人の言葉に救われたことから出家を決意し、法然に師事した熊谷蓮生法師が、この地に念仏三昧院を開いたのが始まりです。

 

 

総門をくぐると、御影堂までの数百mの参道が二手に分かれています。右手には、幅15mぐらいの女人坂ともいわれるなだらかな階段があり、表参道の両側には色鮮やかな紅葉が広がっている・・・予定でしたがちょっと早かったのか。「浄土門ここにはじまる照紅葉」の句碑に出会う紅葉の参道です。敷石は元禄時代に近郊の桂川からひとつふたつと持ち寄られたものだそうです。

 

 

左手には真っ赤に色付いたもみじ?がトンネルのように続き、通称「もみじの参道」として親しまれています。

「薬医門」付近は、JR東海「そうだ京都、行こう」2009年盛秋のポスターにも採用された場所で絶好の撮影スポットで光明寺を代表する風景です。

 

 

ポスターには『2009年の秋。今わたしたちは日本の歴史の、どのあたりを歩いているのだろう』とあります。CMでは“ただの紅葉のトンネルではありません。800年前につながる、タイムトンネルです。今わたし達は、日本の歴史のどのあたりを歩いているんだろう。そんなことを考えてしまう、2009年の秋です。”

 

もみじの参道の終わりには勅使門が紅葉に照らされています。

 

 

表参道を上った先に御影堂がります。宝暦3年(1753)に再建された光明寺の中心になるお堂で、御本尊は法然上人御自作の「張り子の御影」という大切にしていた母君からの手紙を張り合わせて自らの姿を像に作り形見として弟子に与えたものです。

 

 

御影堂から釈迦堂へは渡り廊下で繋がれ、その釈迦堂前には「信楽(しんぎょう)庭」があります。白州に大小18個の石を配した庭は、阿弥陀さまの慈悲に包まれながら生死の大海を渡る念仏行者の姿を表し、一番大きな3っの岩は弥陀三尊の御姿です。

 

 

長岡天神バス停に戻り車で「善峯寺」に向かいます。西山を代表する大パノラマの善峯寺は約3万坪、高低差100mの広大な境内に大小20近くの堂宇が建ち並び、その中を歩き巡る回遊式庭園になっていて、山寺という印象をはるかに超える華やいだ景観が広がっています。

 

 

平安中期の長元2年(1029)、比叡山横川の恵心僧都(源信)に師事した源算上人によって開かれ、その後建久3年(1192)後鳥羽天皇により「善峯寺」の宸額が下賜されました。応仁の乱により大半の坊が焼失しましたが、江戸時代、徳川5代将軍綱吉公の生母である桂昌院により復興されています。

 

 

JR東海「そうだ京都、行こう」2005年盛秋のポスターが「善峯寺」です。真っ赤な紅葉との対比を見せる全長40m近くもある国の天然記念物である「遊龍の松」がポスターに使われています。

 

 

『子どもは ひと夏ごとに、おとなは ひと秋ごとに なにか大事なものを身につけてゆくように思います』とあります。CMでは“平安時代に、ここでなくてはいけない、とわざわざ場所を選んでつくられたお寺でした。だから、わざわざここへ来なければ会えなかった秋でした。おーい来たよ”

 

さらに車を走らせ大原野神社横の駐車場に車を入れます。先ずは歩いて10分程の「勝持寺」へ向かいます。

白鳳8年(679)役行者によって創建された小塩山大原院勝持寺と呼ぶ古刹です。応仁の兵火を免れた当寺最古の仁王門をくぐります。

 

 

鳥羽上皇に仕えていた北面の武士佐藤義清が、保延6年(1140)当寺において出家し西行と名を改めて庵を結び、一株の桜を植えて吟愛いていたことからその桜を西行桜と称し、桜の名所として知られています。しかしながら100本近くあるという桜にも劣らないほど、秋の紅葉も美しく、野趣が感じられる庭園は深閑とした雰囲気ながら、空を覆いつくさんばかりの紅葉は圧巻です。

 

 

特に瑠璃光院前は赤々とした発色のもみじが楽しめます。

 

 

端正な佇まいの書院包み込むかのように境内いっぱいに鮮やかな紅葉が広がります。

 

 

勝持寺を後にし、参道の途中から「大原野神社」の境内に入っていきます。長岡京遷都を受けて奈良の春日大社の神霊を勧請したことに始まる古社が大原野神社です。見どころは社殿へと続く参道を覆うような一面に広がる紅葉のトンネルであり、

 

 

紅葉と丹塗りの鳥居との組み合わせは一枚の絵になる風景です。

 

 

春日神の使いである神鹿の愛らしい表情と紅葉の組み合わせも必見です。

 

 

神鹿を描く絵馬もお見逃しなく。

 

 

西山を後にして西院にある今夜泊まるホテル「リノホテル京都」に向かいます。チェックイン後、車をホテル駐車場に停めて嵐山へ、先ずは遅い昼食兼夕食を「喜重郎」でいただくことに。嵐電嵐山駅から徒歩3分のところにある喜重郎は美しい日本庭園を眺めながら上質和牛の肉重と京の味湯豆腐が味わえるお店です。

 

 

店内は広々としたテーブル席を中心とした全72席のお店で和モダンな作りです。接客係に外国人がおられるのも京都ならではでしょうか?

 

 

こだわりの和牛重は和牛モモ肉の「ステーキ重」と和牛ロースのとろける「特選ステーキ重」とがあり、脂が苦手な方はステーキ重がいいのでは。100g・150g・200gから選ぶことができ、これに湯豆腐をセットにして至福の味わいを満喫します。個人的にはちょっと甘めのタレだったかなと。時間が限られた観光の合間に気軽に味わえるお店です。

 

 

嵐山と言えば「渡月橋」、人ごみを歩いて対岸までを往復します。

 

 

その後予約している「鹿王院」のライトアップに向かったのです。平日100名・土休日150名限定の夜間特別拝観は拝観料1500円(呈茶・拝観記念品つき)で事前申し込み制なのです。拝観時間は17:30~19:30ですが10分前の到着ですでに20人程度並んでいました。嵐電「鹿王院駅」から徒歩約4分ですが、渡月橋にいたので歩くこと10分住宅街を歩きます。鹿王院は、室町3代将軍足利義満が康暦2年(1380)に創建した覚雄山宝幢寺の開山塔として建立されました。開山は義満の師、普明国師(春屋妙葩)で建立の際、野鹿の群れが現れたことから鹿王院と名付けられました。宝幢寺は嘗て京都禅寺十刹第五の名刹でしたが、応仁の乱により焼失し、鹿王院のみが再興されました。

 

 

義満の筆「覚雄山」の扁額とともに600余年の星露を経た山門から中門までは、天台鳥薬などの銘木が繁り青苔が続きます。一休和尚も少年の頃この山門をくぐってここで維摩経の提唱を聞いています。

 

 

客殿の入口の前庭は紅葉がライトアップされ一段の鮮やかです。

 

 

本庭の中心は舎利殿(駄都殿)で、鎌倉将軍源実朝が宗の国から招来した天下太平の霊仏である仏牙舎利が多宝塔に安置されまつられています。この舎利殿を中心に嵐山を借景にして、室町時代の石組や400年の木斛の銘木で格調の高い庭が出来ていて漆黒の闇に照らされ浮かぶそれらはまさしく幽玄の世界です。

 

 

今日の一日はこれで終わり、明日は嵐山を満喫するぞ!