今日は早朝に宮津を出発し、豊岡を経由して9号線で島根県を目指します。途中からは所々山陰自動車道を走り安来ICで降り「足立美術館」に向かいます。米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が、全国900か所以上の名所旧跡を対象に実施している「日本庭園ランキング」において2003年から16年続けて1位に選ばれているのが島根県安来市の「足立美術館」なのです。5万坪の及ぶ広さに6つの日本庭園があり、2017年には「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で三ツ星として掲載されました。この日も開園の9:00にもかかわらずすでに大勢の観光客が来ていました。まずは入場券(大人2300)買います。入口建物左手には「歓迎の庭」があり、すでにここから始まっています。
「庭園もまた一幅に絵画である」-。当館創設者・足立全康の想いと、庭づくりへの情熱を生き生きと伝える5万坪の日本庭園。入館して最初に目にするのが「苔庭」です。杉苔を主体とした京風の雅な庭園です。ゆるやかな曲線を描いた苔の緑と、白砂の白との対比が美しい。
傍らには案内する足立翁の像が佇んでいます。
次のガラス張りのロビーから眺めるのが「枯山水庭」です。水を使わず、石の組み合わせや地形の高低だけで山水を表す伝統的な手法による自然との調和が美しい足立美術館の主庭です。中央の立石は険しい山をイメージしそこから流れる滝水が渓流となってやがて大河となる雄大な山水の趣を表しています。遠景の山並み、中景の森。近景の枯山水庭が折り重なり、情緒に富んだ奥行きのある一景が楽しめます。
そんな「枯山水庭」の素晴らしい眺望を、深いソファに座り、コーヒーを飲みながらゆっくりと観賞できるのが喫茶室「翠」です。ここは予約をいれておいて先にすすみます。
その隣が同じ「枯山水庭」を絵画として楽しむ「生の額絵」です。「庭園もまた一幅に絵画である」との言葉通り、窓枠が“額縁”となり、窓の向こうに絵のような枯山水庭が見えます。大小の木や石がバランスよく配置され、芝生の稜線が美しく、まるで琳派の絵をみているような自然による絵画です。
いったん建物の外に出ることができ、「枯山水庭」をガラス越しではなく見ることができます。右手には昭和53年(1978)に開館8周年を記念して開瀑した高さ15mの人工の滝「亀鶴の滝」が見えます。滝口から勢いよく流れ落ちる水が、庭園に動きと緊張感を与えています。
坪庭の横を周って「池庭」を観賞しながら「生の掛軸」へと進んでいきます。水面に映る景色を愛でる「池庭」は、周囲との調和を考え、新しい感性と伝統的手法用いて造られた庭園です。池に架かる石橋、配された石や樹木の大きさにいたるまで、どこから見ても美しく調和するように設計されています。豊かな湧水をたたえた池に優雅に群泳する鯉は、見る人の心にやすらぎを与えてくれます。
再度離れのような建物に入り、椅子の腰掛けて左右をみることで額縁の「池庭」や「生の掛軸」が観賞できるようになっています。床の間の壁をくりぬいて、あたかも一幅の山水画が掛かっているかのように見ることができる足立美術館の名物のひとつです。
もう一度坪庭の横を周って建物の軒下からみることができるのが「白砂青松庭」です。横山大観の名画「白砂青松」の雰囲気を繊細に表現した日本庭園です。海岸に見立てた白砂の丘陵には、右に黒松、左に赤松を配置し、大小の松が絶妙のバランスで点在し、対照的な調和美を生み出しています。
2Fの近代日本画や横山大観特別展示室を観賞し先ほど予約した喫茶室「翠」で名前が呼ばれるのを待ちます。偶然にも前の3組がおられず、ほどなく窓際の席に通されました。面前に枯山水庭が一人占めです。それも優雅にコーヒーを飲みながらの至福のひと時でした。
お昼は松江市内に入って出雲そばと決めていたので、松江の名店「ふなつ」に向かいます。西日本の出雲地方で近年噂される在来種のそばが奥出雲町の「横田小そば」です。昔からのそば処で松江藩を経て幕府へ献上されていた歴史がります。その横田小そば復活の立役者が、松江市内で昭和46年(1971)から暖簾を下げる中国山地蕎麦工房「ふなつ」です。店内は民芸調の落ち着いた店内で11時開店ながら12時には売り切れてしまう超人気店です。
「松江にふなつあり」と絶大な評価を得ていり名店で「ふなつのそばは、太くて濃い味がする」と常連客を魅了する、そばの見た目の野武士のような武骨さと、十割のコシの強い香り立つその味の深さに舌を巻き、旨いという感嘆さえ忘れてそばをすする。これぞ出雲国風土記いにしえの味、オロチの味と勝手な空想を巡らせる。
使うそば粉は、横田小そば、信濃、常陸品種で、すべて奥出雲産を使用し、これら玄そばを十割で打ち、噛めば噛むほど甘みが増す太めのそばに仕上げています。出雲そばと言えば「割子そば」で玄そばの挽きぐるみのそばに殻付きのクセのあるそばのつゆとして、鰹ではなく鯖節を使用している。
おすすめは、散らしそば、とろろそば、うずら卵そばの3種の味が楽しめる3段割子そば「千鳥割子」です。
さらに一ヶ所日本庭園を見ようと松江市内から足をのばしたのが「大根島」です。松江だんだん道路を西尾ICで降りて向かう鳥取県との県境にある中海に浮かぶ大根島は、島根県の県花「牡丹」の栽培が盛んなところです。そんな大根島にある山陰地方随一の池泉回遊式日本庭園が「由志園」です。出雲地方を代表する八岐大蛇伝説が息づく奥出雲の大渓谷や斐伊川、そして宍道湖や中海、日本海の美しい水景までも感じることのできる豊かな地形を1万坪の広々とした敷地に凝縮した出雲国の箱庭です。
長屋門をくぐると中海を模した池泉は、GW時期、3万輪の牡丹池泉になり見ごたえたっぷりです。
牡丹で描かれた「平成」の文字も去りゆく平成時代を惜別しています。
「牡丹の館」は1年を通じて大輪の牡丹を見ることができる施設です。
喫茶「一望」からはゆったりと席に座り、ガラス越しに額縁庭園が眺められます。
さらに近くの江島にダイハツCM「タントカスタム 坂編」に登場した「ベタ踏み坂」があるとのことで走ってみることに。この坂は「江島大橋」といい江島と、お隣鳥取県境港を結ぶ全長1.7kmの橋です。確かに写真で撮ると地上からの視覚角度は45度、まるで中空を切り裂くように伸びています。しかし実際に走ってみると、豊川悦司が「アクセルベタ踏みだろ?」と何度も繰り返し運転手の綾野剛に問いかけるも「いいえ」と返事されて「坂の名前変えるか」とオチをつけているのも納得です。
国譲りの神話では、大国主神が息子事代主神に使者を送り、その是非を諮ります。舞台となった地が、島根半島の東端の港町・美保関です。全国各地にある事代主神を祠る「えびす社」3385社の総本宮です。港から鳥居をくぐり、事代主神の神が祀られる「美保神社」へ。
神門の先に佇む神さびた木造の拝殿は、雄大ながらもどこか素朴さも感じられます。
檜造りの拝殿は、船庫を模した独特な造りで、壁がなく、梁がむき出しの上、天井がないのが特徴です。その奥が本殿となっていて、向かって左に事代主神(えびす様)、右にその后神・三穂津姫命が祀られています。大社造の二殿の間を「装束の間」でつないだ特殊な形式で、美保造または比翼大社造と呼ばれています。
美保神社から佛谷寺まで続く「青石畳通り」は。北前船で栄えた江戸~明治期の面影を色濃く残しています。古い街並みと調和し、風情ある風景を造りだしています。
とりわけ通りの面し、明治41年(1908)築の姿を今に伝える「美保館」は、高浜虚子や島崎藤村など多くの文人墨客に愛された文化財の宿です。
さらに東に車を走らせると島根半島最東端に立つ石造りの灯台「美保関灯台」があります。
明治31年(1898)建造の山陰最古の白亜の灯台で海抜73mの高台に立つ高さ14mの灯台です。日本の灯台50選に選ばれるだけでなく。世界歴史的灯台百選にも選ばれています。
明治時代の灯台官舎を改装したカフェが「美保関灯台ビュッフェ」です。海側に大きく窓をとり、海を展望する絶好のロケーションです。
灯台近くには、事代主神(えびす様)が鯛釣りを楽しんだという聖地があります。日本の文献上、最初に魚釣りをされたのがえびす様です。
今日宿泊の松江しんじ湖温泉「松江ニューアーバンホテル」に先にチェックインして車を置きます。
松江城は慶長16年(1611)、松江藩2代藩主堀尾忠晴とその祖父吉晴の手により5年の歳月をかけて完成。築城後は堀尾氏2代、京極氏1代、松平氏10代の居城となりました。四重五階、地下1階、入口に附櫓を設けた複合式望楼型の天守は、平成27年(2015)7月、それまで重要文化財でしたが、国宝に指定されました。これで姫路、松本、犬山、彦根城の天守に加え五つ目であり、全国に現存する12天守のなかで姫路城に次ぐ面積を誇ります。
城を囲む掘の一部は、築城当時の姿を今に残します。城と掘がそのまま現存する城下町は全国でも珍しく掘を小舟で巡る「堀川めぐり」が人気です。石垣の上にそびえるのは、平成13年に約125年ぶりに復元された南櫓と中櫓です。
大手前広場に立つ松江城と城下町の基礎を築いた堀尾吉晴像。羽柴秀吉に仕え、知勇兼備の才を認められ、関ヶ原の戦では東軍に属し出雲一国を拝領します。
場内に足を踏み入れると、最初に目に入るのが高さ13mの石垣と櫓です。かつて二の丸には6棟の櫓がたっていたといい、現在は復元された3棟の櫓が見れます。その迫力だけで十分に城の規模が伺えます。
途中二の丸下の広場や「松江神社」に立ち寄ります。松江神社は徳川家康の孫にあたる松平家初代藩主・直正や堀尾吉晴を祀ります。
その下段には、明治36年(1903)に松江市が松江市工芸品陳列所として建てた「興雲閣」があります。明治天皇の行幸のために建てられたもので、のちに皇太子嘉仁親王(大正天皇)の迎賓館としての役割を果たしました。円柱のある洋風建築に入母屋の屋根がのった和洋折衷の美しい建物です。
本丸に到着すると一気に視界が開け、堂々たる黒塗りの天守が現れます。重厚感がありながら、千鳥が羽を広げたような入母屋破風の屋根が優美で、「千鳥城」という別名も納得です。最上層の屋根に取り付けられた、木造銅板貼りとしては国内最大級の高さ2m強の鯱も存在感を放っていますし、3階南北の張出部中央にある寺院様式の花頭窓は外観に風格を与えています。
入口には侵入しにくいように鉄延板貼りの大扉をもつ附櫓が取り付けられ、さらに中に入ると2段構えの升形の小広場が備えられています。外壁には雨覆板と呼ばれる防水用の壁・下見板張りが施されるなど機能性にすぐれてた実践本位の造りです。
入口を入った地階には生活物資を貯蔵するための倉庫や籠城に備えて水を確保するための深さ約24mの井戸が設けられています。
また老朽化によって付け替えられた鯱が展示されています。天守屋根上の鯱は、雨をもたらす防火の守り神として設置されます。
奥の柱に打ち付けられていた、慶長16年(1611)の天守完成を示す祈祷札2枚が国宝に指定される証明になりました。
天守の内部の各階には石落としや鉄砲狭間など敵を攻撃するための仕掛けが随所にあります。
松江城の天守は2階ずつ通し柱で支え、均一荷重をかける「互入式通し柱」という工法を使っています。また一般的には継ぎ目のない巨木が建材として好まれますが、松江では、かすがい等を使って補強した「包板」と呼ばれる弾力性の高い寄せ木が柱に使用されています。
現存天守特有の急な木造階段を上り、最上階に到着すると、360度のパノラマで松江の城下町を一望でき、望楼の南からは宍道湖が見え、一城の主になったような気分が味わえます。
この日は松江しんじ湖温泉「松江ニューアーバンホテル」に投宿。一畑電車フリー乗車券(1500円)付きなので明日は電車で「出雲大社」に向かいます。






































