変わらない基準がある。
時代が変われば、
「普通」は変わります。
国が変われば、
常識も変わります。
文化。
宗教。
地域。
性別。
そして、
家族。
同じ地域に暮らしていても、
家庭が違えば、
当たり前は違います。
食事の時間。
お金の使い方。
子育て。
夫婦の関係。
挨拶。
礼儀。
家族には、
家族なりのルールがある。
もしかすると、
家族は、
私たちが持つ
「基準」の最小単位なのかもしれません。
そして最後は、
一人ひとり。
大切にしていることも、
幸せのかたちも、
正義も、
善悪さえも、
すべて同じではありません。
私は、
それでいいと思っています。
違う条件で生きている人たちが、
まったく同じ価値観を持つ必要はない。
でも、
ここでひとつ、
不思議なことがあります。
これだけ違う私たちが、
同じ地球で生きている。
価値観が違っても。
国が違っても。
宗教が違っても。
家族が違っても。
私たちには、
共通しているものがあります。
生命です。
人間の生命は、
精子と卵子が出会うところから始まる。
身体には、
右と左がある。
眠る。
呼吸する。
食べる。
排出する。
生まれ、
いつか死ぬ。
そこに、
国籍は関係ありません。
宗教も関係ありません。
どんな家庭で育ったかも、
関係ありません。
人間が、
「今日からこの基準を変えよう」
と決めたからといって、
生命の仕組みが
変わるわけでもありません。
地球もそうです。
私たちが争っている日も、
誰かを愛している日も、
泣いている日も、
笑っている日も、
地球は回っている。
太陽との関係も、
こちらの都合で
変わってはくれません。
だから私は、
生命の法則を、
「こう生きなければならない」
というルールだとは
思っていません。
むしろ、
これだけ違う私たちに、
最初から共通している土台。
そう考えています。
人間は、
基準を作る。
変える。
間違える。
自分たちに都合よく
解釈することもある。
それでも、
生命の仕組みまで
一緒に揺れてしまわない。
もし、
生命まで私たちと一緒に
その時々の都合で変わっていたら、
私たちはきっと、
こんなふうに
安心して生きてはいられない。
違っていいものがある。
変わっていいものがある。
そして、
変わらないからこそ、
信頼できるものがある。
「それ、誰の基準?」
そう問い続けた先に、
誰かが決めたわけではない、
ずっとそこにあるものが見えてくる。
私は、
そこを大切にしたい。
違う私たちが、
同じ地球で生きるために。
JIBUN SCIENCE LAB.
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