法則と、人間。 | 自分サイエンス研究所

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法則と、人間。


法則は、いつでもそこにいる。


人間が気づいていても、

気づいていなくても。


信じても、

信じなくても。


従っても、

逆らっても。


「あなた、間違っていますよ」


なんて言わない。


説得もしない。

裁きもしない。

褒めもしない。


ただ黙々と、

自分の仕事をしている。


一方、人間は忙しい。


こっちが正しい。

あっちは間違っている。


これは仕方なかった。

今回は特別。

この場合だけは例外。


感情、事情、損得、善悪。


いろんなものを持ち込んで、

世界に肉付けをしていく。


そして時々、


自分でつけた肉が重くなって、

身動きが取れなくなる。


「なんでこんなことになったんだろう」


運が悪かった。

タイミングが悪かった。

たまたまだった。


そうやって理由を探す。


それでも法則は、何も言わない。


人間が泣いている時も。


怒っている時も。


嫉妬している時も。


自分だけは特別でありたいと

願っている時でさえ。


呼吸をさせる。


血液を流す。


お腹を空かせる。


眠らせる。


傷ができれば、治そうとする。


生命を、続ける。


善人だからではない。


正しいからでもない。


法則にとって、

そんなことは関係ない。


平等に冷たく、

平等に優しい。


私はずっと、

法則を知ることは

人間を正しくすることだと思っていたのかもしれない。


でも、違った。


法則を知っていても、

人は揺れる。


分かっていても、

感情は暴れる。


例外を作りたくなるし、

特別でありたくなる。


それでいい、

という話でもない。


それを消せ、

という話でもない。


ただ、


そこに法則があることを知っている。


その違いは、大きい。


法則は、

人間の代わりに人生を選ばない。


「こっちへ行け」とも言わない。


自由を取り上げない。


だから人間は、


間違えることもできる。

遠回りすることもできる。

都合よく解釈することだってできる。


その自由は、


最高にもなる。


最悪にもなる。


使うのは、人間だから。


法則は語らない。


今日もただ、

その仕事を全うしている。


その隣で、


泣いたり、笑ったり、

怒ったり、迷ったり、


勝手に特別枠を作ろうとしたりしながら、


人間は人間をやっている。


それで私は今日、


法則になりたいわけじゃなかったんだと

改めて思った。


法則を知った、人間でいたい。


法則と、人間。


今日も同じ世界に、

並んで座っている。


JIBUN SCIENCE LAB.


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