形あるものには目的がある。
目的が定まっていないものは
形にはなっていないですよね?
特に目に見えるものは。
だから存在があるものには目的が存在していると
私は思っています。
「何をするために生きているのかわからない」
という人はとても多いです。
そんなのハッキリわからなくてもいい
と言う人もいますが
人として存在がある以上
「目的がなく生きている」という人は
いるのでしょうか??
目的がなくてもいいのならそもそも悩んでない。。
「あなたは本当は何がしたい?」
「どうなりたい?」
この問いに
「わからない」と言葉にしてしまう度に
目的があって形になった私たちのカラダは
傷ついているんじゃないかな?
進路や仕事や生き方、、、
これまで「わからない」と私は何度口にしただろう。
恐ろしい(笑)
「わからない」のではなく
「わかりたくない」んじゃない??
生きているということは
形として存在しているということです。
形があるということは目的があるということ。
目的と異なる生き方や使い方をしているのであれば
カラダや心がおかしくなってくのは
当然じゃないかな。
病気や痛みや悩みやトラブルがあるなら
本来の使い方や生き方とは
違うことをしているかもって
少し考えれば気が付くこと。
使い方が違うかもと思うなら
即刻修正したほうがよろしくないですか。
それに年齢や環境や性別は関係ない、
だって修正するなら人生で今が一番早いんだから。
形ある人が
「自分のことがわからない」
と平気で言うもんじゃない。
わからないなら今すぐにでもとことん知ればいい。
私のところに来てくれれば
「とことん知る」をとことんお手伝いできますが
別に私のところじゃなくてもいいので是非!




