アナザーストーリー《第1話 》灯原つくよ/函館市

──ぬくもりの手帳──

函館の空が、淡い朱色に染まってゆく。
つくよが向かったのは、湯の川温泉街にひっそりと佇む「湯倉神社」。



ここは、昔むかし、温泉の湧き出る地に感謝して
アイヌの人々が祈りをささげたという神聖な場所。
今でも、病気平癒や心の癒しを願って、
多くの人がそっと灯をともしに来る。

夕暮れの境内には、うっすらと湯けむりが漂い、
灯籠の灯りがひとつ、またひとつと点っていく。
それはまるで、心の奥にともる小さな光のようだった。



つくよは、その中でもとっておきの石段に座った。
お気に入りの場所。風が少し強くても、ここだけはやさしく包んでくれる。

手のひらには、小さな和柄の手帳。
桜と灯籠があしらわれた布張りのそれは、
小学校の卒業のとき、おばあちゃんが「これからのつくよへ」と手渡してくれたもの。

> 「言えなかったことはね、書いてごらん。
きっと、心の奥があたたかくなるから」





そんなふうに言ってくれた。
最初はなにを書けばいいかわからなかったけれど、
少しずつ、ぽつりぽつりと、今日あったこと、
感じたことを言葉にするようになった。


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今日のページには、午前中に訪れた温泉旅館のことを書いていた。
こぢんまりとした木造の湯屋。
静かに湯の音が響く中、裸電球がふわりと湯けむりに浮かんでいた。




そのとき、胸の中に何かがふっとほどけるような気がした。

> 「だれかのために灯せる言葉が、わたしにもありますように。
やさしさって、あたため合うものだと思うから。」



ページの端には、小さな灯籠の絵をそっと描いて。

風がページを揺らす。
見上げると、湯倉神社の灯籠が、あたたかくゆれていた。



そして、つくよの口から思わずこぼれた言葉──

> 「人のやさしさは、湯けむりみたい。
見えないけど、ちゃんと包んでくれるの」



その言葉に、自分の胸が静かに灯ったような気がした。
見えないけど、あたたかい。
触れられないけど、そばにある。



そうだ、わたしはこの灯りを、言葉でともし続けたい。
おばあちゃんにもらったこの手帳は、
わたしの“心の灯籠”なのかもしれない。

──夕闇が境内を静かに包む頃、
湯倉神社の灯籠たちは、
まるでそれぞれの想いに応えるように、やわらかく瞬いていた。




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🕯️次回予告《第2話──灯籠にともる願い》

教室で、ちいさな誤解がうまれる。
笑っていたはずの友達の目が、ふいに冷たくなる。
ぬくもりは、すれ違いを越えて届くのか──
つくよの手帳に綴られたことばが、見えない灯りを呼び寄せる。




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