🌸アナザーストーリー 3最終章 春霞つぐみ/釧路
『春霞のなかで、ことばになる』
「夢の中ではね、ほんとうの声に会えるから」
つぐみは、あの霧の神社で言われた言葉を、何度も思い返していた。
胸の奥でふわっと溶けるような
優しい『だいじょうぶ』
それは声ではなく、光でもなく、
たしかに自分の中に届いた――記憶のまんなかにある、答えのような気がした。
その朝、夢日記にはこう書かれていた。
『夢のわたしに、会えた。
わたしの中に、わたしを抱きしめてくれる部分があ るって、はじめて気づいた。
違っていていい。
ぼんやりしていても、わたしには 霞 がある。』
ミルクティーの湯気とともに、ふわりと気持ちがほどけていく朝。
つぐみは、いつものように制服の襟をそっと整えて、学校へ向かった。
放課後の教室は、夕陽が差し込んで静かだった。
窓際の席から見える空には、いくつかの雲が流れていた。
まるで、心のなかの霞がそのまま浮かんでいるようだった。
つぐみはそっと立ち上がった。
少しだけ手のひらが汗ばんでいたけれど、歩く足取りはやわらかくて、迷いはなかった。
「……あのね、きのう変な夢見ちゃって」
声をかけたのは、隣の席の子。
いつも少し距離があったけど、話してみたかった子。
その子は少し驚いた表情をして、けれど、すぐに笑った。
「なにそれ、どんな夢?」
つぐみは、話しはじめた。
霧に包まれた神社のこと。
風鈴が鳴る音。
鳥居の向こうにいた、もうひとりの“わたし”。
そして――
「だいじょうぶ」って、声にならない言葉が届いたこと。
「……なんかね、自分でもよくわかんないけど、
朝起きたとき、ちゃんと自分のことを好きになれてた気がして」
その瞬間、自分の胸の奥にあった“もや”が、少しだけ晴れた気がした。
クラスメイトは、しばらく何も言わなかったけれど、
窓の外を一緒に見ながら、ぽつりと言った。
「それって、すごくきれいな夢だね。
つぐみちゃんって、やさしい心を持ってるなって、思ってたんだ」
つぐみは少しだけ照れて、でも心のなかで何かが確かに動いた。
誰かに話すことで、
誰かが聴いてくれることで、
自分の中にある“やさしさ”が、少しずつ輪郭を持ちはじめる。
夢は逃げ場じゃない。
思い出したい気持ちと、忘れたくない願いを
そっと守ってくれる、あたたかい世界なんだ。
夕暮れの帰り道、風がふっとつぐみの髪を撫でた。
霞のような空に、ほのかに夕陽がにじんでいた。
その日の夜。
縁側でミルクティーを飲みながら、
つぐみはもう一度、夢日記を開いた。
> 『今日は、夢のことを初めて誰かに話した。
自分の声が、自分のものに思えた。
たとえば、まだ不安になっても、
あの言葉に戻ってくれば、きっと、だいじょうぶ。』
手にしたペンで、ページの端に、また小さな桜の花を描いた。
その花びらは、まるで見えないところで咲いていた
“ほんとうの自分”を祝福するように、微笑んでいるようだった。
「ゆめってね、やっぱり、 記憶の真ん中で待ってるやさしさの形なんだと思う」
そうつぶやいたつぐみの声は、
もう誰かの期待をなぞるものではなかった。
自分のことを、すこしだけ好きでいられるようになった今日。
そのやわらかな一歩が、霞の先へとつながっていく。
── 完☁️✨春霞つぐみストーリー







