🌧️アナザーストーリー 1 春霞つぐみ/釧路
『六月の霞のむこうで』
こんにちは。
今日は、しとしと降る雨の音が、遠くの海まで届いているような気がします。
そんなやさしい午後に、とある女の子のお話を少しだけおすそ分けしますね。
その子の名前は――春霞つぐみ。
中学1年生、13歳。
彼女は春の境目、3月27日に生まれた、夢とうたたねの精霊みたいな存在です。
北海道・釧路の町。
季節は6月。
春の霞が溶けて、少しだけ夏の気配が混じってきたころ。でも、つぐみの心にはまだ、やわらかな春の輪郭が残っています。
つぐみの放課後は、だいたい同じ。
通学カバンをそっと部屋の隅に置いたら、ミルクティーを片手に縁側へ。
窓越しに雨が静かに降っていて、葉っぱがきらきら光っている。
そんな雨の午後は、眠りにいざなわれるには、ちょうどいい天気。
お気に入りの桜色の小さな枕を胸に、
つぐみは目を閉じて夢の世界に入っていきます。
「また寝るの?」とおばあちゃんに笑われながらも、
この“うたたね”が、つぐみにとっていちばん大事な時間。
夢はね、記憶のまんなかで、ずっと誰かを待ってるんだよ。
そう彼女は言います。
にじんだ空のようなまなざしで、ゆっくりと。
夢の中では、声を失った鳥が言葉を取り戻したり、
雨の街角で、自分の影に名前を教えられたりする。
不思議だけど、どこか懐かしい世界。
現実のつぐみは、ちょっとおとなしくて、
“ぼーっとしてるね”なんて言われることもあるけれど――
夢の中では、ちゃんと役割があって、やさしさで誰かを包める気がするのです。
ある日、クラスの子に言われました。
「つぐみちゃんって、夢ばっか見てるよね。
ちゃんと現実も見ないとダメなんじゃない?」
その子は、悪気があったわけじゃない。
でも、6月の曇り空のように、つぐみの胸がきゅうっと曇りました。
川沿いの桜並木はすっかり緑になっていて、
湿った風が制服の袖を揺らす。
つぐみは、夢日記をぎゅっと抱きしめながら歩きました。
“わたしって、まちがってるのかな”
そうつぶやく声が、雨粒と一緒に、胸の奥で響いていきます。
その夜、夢に出てきたのは――霧の中の小さな神社。
風鈴が雨粒と一緒に揺れて、音を立てている。
鳥居の向こうにいたのは、もうひとりの自分。
声は聞こえなかったけれど、唇がやさしくこう動いていた。
「だいじょうぶ。夢の中ではね、ほんとうの声に会えるから」
朝、雨音で目覚めたつぐみは、夢の続きをそっと日記に綴ります。
『夢の中で出会った“わたし”が、
人とちがうことを、だいじょうぶって言ってくれた。
やっぱり夢は、記憶のまんなかで待ってくれている。』
そのページの片隅に、描かれていた桜の花。
季節はもう春じゃないのに、
それはちゃんとそこに咲いていて、
つぐみの気持ちをやわらかく包んでくれていました。
“ちがう”ことを怖がらなくていい。
“ふつう”にならなくていい。
あいまいで、にじんだままの世界が、誰かを癒すことがあるから。
梅雨の空に溶けるような、春霞つぐみの物語。
今日もまた、夢のなかでそっと続いています。
── つづく。






