【灯原つくよ物語・道南編】第2話
駅とレールと、心のまわり道


函館駅前。
つくよは制服のまま、ベンチに座っていた。
潮のにおいと、
わずかなディーゼルの排気の気配。
遠くで列車のブレーキ音が聞こえる。

さっきまで一緒だった青森のふたり、
つばさとあさぎは、
改札の中で手続きを済ませ、
また戻ってきたところだった。



「なんかさ、
帰るのちょっと惜しくなってきたかも」
あさぎが笑う。

「こっちの海の音って、
青森よりちょっと丸いんだよね〜。
なんか、耳にやさしいの」
つばさは、駅舎を見上げてつぶやく。

「昔はさ、津軽海峡線ってのがあって、
青森から函館まで、電車一本で来れたんだよ。
しかも安かった」



「新幹線できてから、逆に遠くなったって感じ。
だからいま、フェリーで来る方が気軽なの。不思議だよね」
つくよは小さく頷いて、立ち上がった。

「ほんと、そうだね」
「列車って、“つながってる”って感じさせてくれるものなのに、
新しくなると、
どこかで切れちゃうような気がする」

3人は駅舎の隣、
道南いさりび鉄道の案内板を眺めながら歩く。
そこには、ローカル線の時刻表と、
五稜郭を起点に、
上磯・木古内へと続く海沿いの地図。



つくよは指先で、五稜郭のあたりをなぞった。
「ここ、貨物の拠点なんだよ」


「北海道中から集まった荷物が、
ここでディーゼルから
電気の機関車に付け替えられて、
本州へ向かうの。新幹線と同じ、
海底のトンネルを通って」

あさぎが目を丸くする。
「えー! 貨物も新幹線のトンネル走ってるの!?」
「うん。人じゃなくて、モノが越えていくって、なんかすごいでしょ」
つばさは静かに頷いた。


「うちの近くでもね、まだ貨物は走ってるの。
乗れないけど、“音”は届く。

見えなくても、線路が生きてるって思える瞬間って、ある」
「わたし、鉄道が特別好きってわけじゃないんだけど…」
つくよは、少し照れくさそうに言った。



「最近、地元の山線──
長万部から小樽の方までが、
“なくなるかもしれない”ってニュース、
ずっと北海道のテレビでやってて」



「余市の高校生たちが“通えなくなる”って声をあげてるの、見てて…
七飯だって、いつか同じようになるかもって。
だから自然と、気になってしまうの」


「線路が消えるって、
 ただの交通手段の話じゃない気がしてさ」

あさぎが、にこっと笑う。
「じゃあ、つくよちゃんは“てつちゃん”じゃなくて、“地元ちゃん”なんだね」



つくよも、笑いながら頷いた。
「そうかも。
だってこの街の音って、
昔は列車が運んできてた気がするんだもん」
改札のアナウンスが鳴った。
「津軽海峡フェリー、連絡バスご利用の方は…」




つくよは、ふたりと向き合って深く一礼した。
「また会えるって信じてる。
今度は…青森で、歌わせてね」
つばさが録音レコーダーをそっと掲げる。
「そのときは、わたしが“この音”を届け返すから」


あさぎが、笑って手を振る。
「港で、赤いスカート揺らして待ってるからね〜!」
ふたりが改札を抜けて見えなくなったあと、
つくよは静かに、五稜郭の方角を振り返った。
「きっとまだ、音は続いてる。
レールの上でも、海の中でも。
わたしも……止まらずに、つなぎに行く」

夢の中の午後。
列車のない駅に、風だけが鳴っていた。
「鉄と海を越えるもの」
つくよが次に向かうのは、分岐の町・木古内。
海峡の向こうへと続く“旅の線路”は、ここからゆっくり、日本海沿いへと向かいはじめる—


道南いさりび鉄道。
五稜郭を発った列車は、ゆるやかに湾をなぞるように走っていく。
制服のつくよは、揺れる車窓から海を見ていた。

函館湾の奥、船がひとつ、
波をかき分けてゆっくり進む。
その背中に、光が筋のように残って、
まるで「誰かの夢の通り道」のように見えた。


「…音って、どこまで届くんだろうね」
つくよがつぶやくと、誰もいない隣の席の空気が、そっと返事をしたような気がした。


列車は、上磯に差しかかる。

駅舎のそばには、瓦屋根の商店が並び、
港のほうから、
ウミネコの鳴き声が風にのって聞こえる。

ホームに降り立ったつくよは、
ふと立ち止まった。




“この町は、いつも“通過する”場所だった。”
でも今日は、ほんの少しだけ違った。
海の匂いが、少し懐かしく感じられたからだ。

「ここまで、ありがとう」
つくよは、小さくレールに向かって頭を下げた。

港の方から、潮の香りがふわっと鼻をくすぐる。
乾いた砂利と、海藻の混ざったあたたかい風。

その風の向こうに、ひとりの少女の影が見えた。
制服のすそがゆれている。

でも、つくよが着ているのとは違う制服。
彼女は、手に小さな手帳を持っていた。


「あなた、つくよちゃんでしょ?」
少女はやわらかく笑った。

「青森のふたりから聞いたの。
ここまで来るって」

その声に、つくよの旅が、次の章へと誘われた。

波の音が、少しだけ大きくなる。
上磯の海は、太平洋ではなく、
**“日本海へ続く”**海。

つくよの旅もまた、
この港をひとつの分岐にして、

いよいよ、
日本海沿いの“誇りの町々”へ向かい始める——

【つづく】

製作者 緑川順子 実際に旅をしてみた