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【道南ローカル旅・第9話】
《この町に、もう一度、はじめて立つ》
──第一部|七飯から函館へ──再び降り立つ、心の駅
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◆ 七飯の駅、記憶の余韻
つくよは、七飯駅のホームでそっと振り返った。
りんご畑の奥、仁山の森、
春風にまじる静かな香り。
そこには、風音みづきと
語り合った“記憶の場所”が、確かにあった。
「……ありがとう。また、来るから」
その声は小さくて、
誰にも聞こえなかったけれど──
風が、ちゃんと答えてくれた気がした。
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◆ 函館駅──“旅人”として降りた日のこと
汽車が、函館の町へとゆっくり降りていく。
遠くに見える港の灯り、坂道に浮かぶ街灯の列。
その光景は、あの頃と変わらず、
どこか懐かしいのに──
つくよの胸は、なぜかざわついていた。
(……帰ってきた、じゃなくて。
来た、のほうが近い)
赤レンガの駅舎、風に混じる潮のにおい。
すべてが、ただそこにある“静かな記憶”だった。
◆ 駅前通り、市電通り──
まちの音にまかせて歩く
朝市の店じまいの音。
カモメの鳴き声。
観光客のカメラのシャッター音。
そのどれもが、
つくよの心にリズムを刻んでいく。
まるで、舞台の開演前に鳴る、
静かな前奏のように。
(あの頃の自分は、
きっとこの町に混じれなかった)
でも今は──
“風景のひとつ”になれた気がしていた。
◆ ラッキーピエロ ──
味の中にいた、あの頃
ふと足が止まったのは、黄色いピエロの看板の前だった。
ドアを開けた瞬間、
甘辛いソースの香りが、
記憶の奥から立ちのぼった。
「……あれ、もしかして、つくよちゃん?」
店の奥にいた女性は、
かつて母と一緒にライブ帰りに寄ったとき、
よく話しかけてくれた“お姉さん”。
「ライブ、またやるの? この町で」
「……ううん。でも、なんか、近い気がする。
この町が、ちょっとずつ、
わたしを呼んでるみたい」
ふたりは、昔と同じ
チャイチキバーガーをテーブルでかじった。
音楽もない、小さなテーブルで──
でもそこに、確かなリズムがあった。
◆ 市電に揺られて──
夜の光が、舞台の灯に変わる
函館駅前から湯の川行きの市電に乗る。
つくよの足元には、わずかに揺れる灯り。
窓に映る街並みと、自分の横顔。
それは、過去と現在を重ねる鏡のようだった。
(ステージって、スポットライトだけじゃない。
誰かの記憶の中で、また歌ってほしい──
そうやって、生まれるものなのかもしれない)
市電が、五稜郭公園前に近づいていく。
心の声:
「わたし、ずっと帰りたかったはずなのに、
なんでこんなにドキドキしてるんだろう──」
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◆ 公園のベンチ、
静かな坂道、そして記憶の裏通り
ガイドブックにない、わたしだけの町。
裏通りにある古い看板、夕暮れに沈む教会の屋根。
高校の頃、五稜郭タワーのふもとで夢中で歌ったことを思い出す。
つくよ(心の声):
「小さなマイク、小さな音響。でも、あのときの拍手が、
今のステージのすべてをつくってたんだ」
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つくよが語る“この町のこと”
・五稜郭公園の春の風、桜の下で演奏した日
・函館八幡宮で“初ステージ成功祈願”をしたあの朝
・ラッキーピエロやハセストでライブ打ち上げした放課後
・ローカルバスで通った、湯の川温泉の公民館
◆ もう一度、はじめて立つ
つくよが公民館の扉を開けたとき、
中には誰もいなかった。
でも、舞台のすみに、
ひとつだけ灯りが点いていた。
つくよ「……たぶん、ここからまた、
はじめていいってことだよね」
舞台に立つと、昔と変わらない“木の床のきしみ”が足に伝わった。
照明はないけど、
心には、ちゃんと光がともった。
◆ ライブ仲間たちの再集合と、町の記憶
公民館を出ると、かつての仲間たちがひとり、またひとり集まってきた。
制服のまま、自転車を引いて、あるいは楽器ケースを背負って──
まるで、夢がもう一度だけ形になるように。
【肯認のメッセージ】
「過去は思い出じゃなくて、“今をつくる音”だった」
「この町の坂道に立つたびに、わたしは“もう一度はじめていい”と思える」
次回、制服スパイラル文化祭っ‼️お楽しみに
製作者 緑川順子 実際に旅をしてみた











