室蘭本線・小幌駅~
間違えて降りた駅で、ほんとうの旅がはじまった
(降りてはいけない駅──それでも、降りた少女たち)
汽車のドアが閉まった。
あたりに、音はなかった。
目の前には、トンネル。
うしろにも、トンネル。
そして、自分たちの足音だけ。
海霧しおり(苫小牧)「……これが、小幌駅……?」
潮路つづり(室蘭)「人が、いない……」
星灯めぐる(江別)「しずかすぎて、こわい……けど、きれい……」
──一瞬、風が吹く。
**空羽うらら(小清水)**が、帽子を押さえながらつぶやいた。
うらら「音のない駅って、こんなに広く感じるんだね……」
◆トンネルに響いた“汽車の余韻”
列車が去ったあとも、音だけは残っていた。
ゴォォ……という風の音が、トンネルから遅れて響いてくる。
瑠璃野ひめか(小樽)「あの汽車……ほんとうに、行っちゃったんだね……」
灯原つくよ(函館)「戻ってこない汽車って、さみしいね」
それでも、誰も「降りなければよかった」とは言わなかった。
しおり「……でも、ここに来なかったら、知らないままの景色だった」
めぐる「静けさも、記憶になるって……今、ちょっと思った」
◆洞爺駅から、札幌へ向かうはずが
トンネルの中で、アナウンスがぼんやり聞こえて──
わたしたちは、「こぼろ駅」で降りてしまいました。
ひめか「えっ?ここ…駅? わたし夢見てる?」
つづり「森しかない!でも…空気がすっごく、おいしい~」
めぐる「うそ、なんで誰もいないの?スマホ…圏外だし」
そう、ここは 北海道の秘境駅 のひとつ、「小幌(こぼろ)駅」。
海と山にはさまれた無人駅で、道路も住宅も、何にもない。
列車でしか行けなくて、ホームのすぐ横は崖と森。
しおり「鹿さんいたよ、今!ねえ、目が合った~!」
うらら「ていうか、ここ絶対“精霊の待合室”でしょ」
つくよ「わたしたち、呼ばれたんだよきっと…」
めぐる「駅名が“こぼろ”って、“心がほろっ”とするってことかな?」
ひめか「やだ、詩人じゃん…わたし今、ちょっと泣きそう」
つづり「泣かないでよ~でも、わかる…この静けさ、なんか沁みるね」
スマホもつながらなくて、
聞こえるのは風の音と、時々ざくっと枝を踏む足音だけ。
ひめか「いつもなら、どこ行っても“映えるカフェ”探してるのにね」
うらら「今日は、風と鹿さんがカフェみたいなもんだよ~」
しおり「うわ…その発想、最高」
でもね、不思議とこわくなかったの。
むしろ、じんわりあたたかくて、
なんだか“本当の自分”と、静かにおしゃべりしてる感じ。
──心理学でいうと「偶発的エンカウンター」って、
思いがけない出会いの中で、
自分の枠がゆるんで、新しい気づきが生まれるっていうんだって。
つづり「降り間違えたって、きっと正解だったんだね」
めぐる「うん、“わたし”をひらくための、小さな迷子だったのかも」
ひめか「じゃあもう、これ旅のタイトルにしよ。“こぼろ・心がほろっと旅”!」
しおり「いいね!あとでZINEにしよ、写真ないけど、音とことばだけで!」
目的地じゃない場所で始まる、
わたしたちだけの、やさしい旅。
あなたの“こぼろ駅”は、どこにありますか?
◆そして、長万部行きが来たとき──
しばらくして、反対方向の汽車がトンネルから現れた。
無人駅に、列車がふたたび近づく。
まるで、「だいじょうぶだよ」と言ってくれるような音。
ドアが開く。
運転士さんが、ちらりとこちらを見る。
運転士さん(ほんとうに)「……乗るの?」
つづり(苦笑い)「はい……すみません、降りちゃって」
◆汽車のなか、誰も乗ってない空気
座席はがらんとしていて、
誰かがホッと息をつく。
ひめか「空いてると……なんか、安心する」
うらら「さっきまで、駅の音も聞こえなかったから……このエンジン音が、やさしく感じるね」
──そして、会話がすっと止まる。
誰かが窓の外の海を見て、静かに目を閉じた。
まるで、**“記憶のトンネル”**を、いま抜けているようだった。
汽車は、次の“まんなかの町”へ向けて、やさしく進んでいく。
長万部という、小さな湯気の町へ。
※このあと、【長万部編・前編】へつづく──












