父を想う | がん克服研究所 in 福岡

がん克服研究所 in 福岡

現在進行形で母のがん再発予防に向かい合っています。
情報を共有・共感しあい、一緒に歩いていきましょう!

仕事の合間の看護学校の机の前で
ゆらゆら揺れながらも、父に褒めてもらう為にいつも上位をキープ

成績表が出るたびに実家へ駆けつけ、
「お前はやれば出来る子や!」と嬉しそうにする父の顔を見るのが私の喜びでした



最近も明け方の夢で会えたばかり

10年前まで使っていた懐かしい台所のテーブルを家族が囲み、「これ食べていいと~?」「いいぞ」
なんてない日常的な光景

それが今となっては本当に素敵な日々だったんですよね



正月早々に以前からの未解決問題が再浮上し、
苦しくて苦しくて、本当に正しいこととは何か…と自分に問いただす日々の中に、
そっと現れてくれた父

私のピンチにはいつも父の姿がある



2001年の4月に肺がん末期で余命2ヶ月と宣告され、
母と休職した私とで毎日交代で病院へ付き添っていました

告知した後のフォローの自信と気力がなく、最後まで告知できませんでした


当時私は緩和ケア・ホスピス病棟から内科病棟に移動したばかりでした

看護部長の勧めもあり、勤務する病院に父を・・とも考えましたが、
高齢の母の通いの体力や経済的なことなども考え自宅近くの病院で父を見ることに決めました

主治医は何度となく当然のように抗がん剤を私にすすめました。

「もし、先生のご家族ががんになったら抗がん剤をしますか?」の問いにすごく時間をかけて

「それしか道がないのなら少量からでもやってみると思います。」とおっしゃいました

先生もそれしか手段がなかったのです
でも、どう見てもそれが効く状態とは思えませんでした
それでもなぜ、勧める!?とも当時の私には思える知識も残念ながら持ち合わせませんでした

その時期、
それ程世間的にも代替医療の希望在る情報は少なく、がんには化学療法か放射線療法、
手術が主流でした
今もまだ日本ではそうですが

その頃の私の代替医療の知識はアロマテラピー・音楽療法・マッサージ療法
そして丸山ワクチンとアガリクス
告知していない為、言葉に注意して10万円で購入したアガリクスをすすめて見ましたが
大の薬嫌いだった父は一瞬で拒みました

成すすべも無く、みるみる状態が悪化して行く様をただおろおろと見守るだけでした

低酸素症から言動や行動もやがておかしくなり、傍で見ていてパンクしそうになった私は
父にきつくあたることもありました

あんなに可愛がってくれた父に「令子はいじわるや・・」と辛そうに言わせてしまったひと言が
今も胸に残ります

宣告通り2ヶ月ぴったりの満月の夜にとても安らかな表情で旅立っていきました



告知をしなかったこと

抗がん剤を試さなかったこと

意地悪と言わせてしまったことがいつまでも私を苦しめました


あたたかいスタッフに迎えられ内科病棟に復帰、
信頼していた医師に抗がん剤をしなかったことを勇気を持って告白してみました

「それでよかったと思うよ」と優しく言ってくれた言葉が私をずっと支えてくれました

そして今、母との闘病生活を経験し思うことは、父に抗がん剤をしなかったことは間違っていなかったということ



父が最後に私に身体を張って投げかけてくれたがん治療への疑問

過ぎ行く時と共にあの頃の後悔も形を変え、不治の病ではないことを確信し、
今こうして母と一緒にテレビを観ながら笑えるゆっくりとした何気ない時間が
本当に素敵な日々だと感謝できるようになれたこと

がんを克服する術をもってがんに悩む方々へアドバイスができるようになれたこと


全ては父が導いてくれていたんじゃないかと思うのです


姿は見えなくても、前よりもっと傍に感じます
私はあの頃よりおりこうさんになりましたか(笑)?


またもっと褒めてもらえる様にちゃんと歩いてゆきますよ、父さん虹





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