【中心聖句】
主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう(45節)
今日の福音朗読箇所は有名「マリアの賛歌」(マグニフィカト)に先立つ部分です。
「受胎告知」を受けたマリアは従姉のエリザベトを訪ねます。福音書には何故、彼女がエリザベトのもとに「急いだ」かは書かれていませんが、直前に「あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている」(36節)という天使ガブリエルの言葉が記されていることから、高齢出産を迎えようとしているエリザベトを気遣って見舞いに行った、と考えるのが普通かもしれません。
「ザカリアの家」つまりエリザベトの住まいに着いたマリアは「エリザベトに挨拶をした」(40節)とありますが、「挨拶をする」の原語はἀσπάζομαιですが、それをヘブライ語で置き換えるとשָׁלוֹםということになります。
続けて、マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、胎内の子がおどった」(41節)と書かれています。そして42節にかけて「挨拶をした、聞いた、おどった、声高らかに言った」とあるように、動詞以外の表現を極力抑え、エリザベトの内心の動きが強調されています(雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』p.26)
マリアの挨拶を受けた時、エリザベトは自分に不思議な力が働いたのを感じ取りました。彼女自身はその力が何であるかすぐには理解できなかったかもしれませんが、彼女が声高らかに「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています」と言った(42節)のは聖霊に満たされてのこと(41節)であり、同様に今日の朗読箇所に続く「マリアの賛歌」(46節以下)も更に「ザカリアの預言」(67節以下)も同様でした。
今日の福音朗読箇所の本当の主人公はマリアでもエリザベトでも更に胎内の子でもなく、聖霊なのです((雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』p.27)
と、祝福の言葉を返すのでした。
聖霊がエリザベトの心と口を開かせて救い主の到来を宣言させているのです。(『主日の聖書解説<C年>』
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『主日の福音-C年』オリエンス宗教研究所

