宮川創・著、河合望・監修『読めない文字に挑んだ人々 ヒエログリフ解読1600年史』山川出版社、2024年7月20日
古代エジプトの象形文字として有名なヒエログリフについて言語・文字体系の基本と研究史を、1968年生まれということですので新進気鋭と言っても良いと思いますが、エジプト学・コプト学専攻の著者が分かり易く纏めた著書。
第一部と第二部に分かれ、第一部ではヒエログリフの基本的な説明とその背景となるエジプト史、第二部では古代ギリシャから現代に至るヒエログリフ研究史が綴られています。
第一部については言語学的見地からの考察に物足りなさを感じるという批評もあるようですが、取り敢えずヒエログリフとはどういうものかを知るために必要な情報は、豊富な画像を通じても得られると思います。
第二部の研究史ですが、ヒエログリフと聞くとすぐに「ロゼッタ・ストーン」とシャンポリオンChampollionを思い浮かべます。
確かにシャンポリオンChampollionが「エジプト学の父」と呼ばれているように彼のヒエログリフ解読が古代エジプト史研究に決定的な貢献をしたことは間違いありません。
しかし同時に、キルヒャーKircherを初めウォーバートンWarburton、ゾエガZoegaなどの先達、彼にコプト語を教えたド・サシde Sacyや医師・物理学者・エジプト学者として多彩な活躍をしたヤングYoungなど同時代人たちの功績も見逃すことは出来ません。
ヒエログリフ研究史は古代ギリシャの歴史家ヘロドトスἩρόδοτοςまで遡ることが出来、またシャンポリオンChampollion後も今日に至るまで連綿と受け継がれているのです。
キリスト教の教理史・教会史で見ても、初期ギリシャ教父の中で最も有名な一人であるアレクサンドリアのクレメンスTitus Flavius Clemensは次のように書いています。
「さてエジプト人たちのあいだで教育を受けた人々は、まずエジプト人のすべての書物における方法、すなわち『表字法』と呼ばれるものを学んだ。次いで神聖書記官たちが用いた『神官字』と呼ばれるものを、そして最後に完全な『象形文字法』と呼ばれるものを学んだのである。」(『ストロマテイス』より;上智大学中世思想研究所翻訳・監修『中性思想原典集成1』平凡社、1995年;p.306)
実は本書の表紙にはヤングYoung、シャンポリオンChampollionを中心に紀元5世紀のビザンツ帝国時代に『ヒエログリュフィカ』を著したホラポロンΩραπόλλωνからイスラエル共和国のエジプト学者イスラリエート=グロル ישראלית-גרולに至る15人の名前が縦に列挙されていますので、取り敢えずこれら15人について読めばヒエログリフ研究史の概要は把握出来ることになりとても便利です。
ただここで敢えて3つほど苦言を呈することにいたします。
まず第一は102ページの「イエスの教えは、唯一心境のユダヤ教をバックグラウンドとしながら」とありますが、この唯一心境は唯一神教の誤りでしょう。単純な変換ミスだと思いますが、著者、監修者、編集者の誰も気が付かなかったとすればいささか迂闊でした。
第二に、次のページに「グノーシス主義(キリスト教を超えた二元論的な思想潮流」と書かれています。グノーシス主義が二元論的であるのは事実ですが、それが「キリスト教を超えた」ものであるかどうか。これについて著者はキリスト教教理史・教会史はご専門ではないと思いますので、ここではこれ以上のことは申しません。
そして第三番目として、巻末に「画像出典」一覧はあるものの「参考文献」一覧が無くQRコードもしくはURLで出版社のウェブサイトを閲覧しに行かなくてはならないのは二重手間で不便だという点を指摘しておきたいのです。「謝辞」に4ページも使うのでしたら、その分、「参考文献」一覧を記載する時間と労力くらいは惜しまないでいただきたいものです。
とはいえ、全体として画像が豊富で章や単元の見出しも適切であり、大変に分かり易い良書だと思います。
この著書の構成は日本史・世界史教科書の出版元として知られている山川出版社ならではのノウハウによるものだと想像されますが、この本を手にした高校生や受験生の中から将来の日本におけるエジプト学を担う若手研究者が育ってくれることを願う次第です。
