ポール・フレドリック・ラッシュ(Paul F. Rusch,1897年11 月25日 - 1979年12月12日)
伝道者、教育者、立教大学名誉教授。
略歴
米国インディアナ州生まれ。
第一次大戦より復員後、オハイオ州、NY市のホテルに勤務。
知人の勧めで国際YMCAの職員となり、当初エルサレム渡航の予定であったが、関東大震災復興のために東京・横山YMCAの再生委員に指名され、1925年5月、来日。
立教大学教授に就任し、1926年には米国聖アンデレ同胞会日本支部(1931年、「日本聖アンデレ同胞会」として独立)を設立した。
日本にアメリカンフットボールを紹介、1934年に「東京学生米式蹴球連盟(東京学生アメリカンフットボール連盟)」を設立し理事長に就任。
1938年、キリスト教指導者研修施設としての清泉寮を運営するキープ協会を設立、「清里の父」とも呼ばれるようになった。
太平洋戦争勃発で帰国せざるを得なかったが、1945年9月、GHQ民間諜報局員として再来日、立教大学や聖路加国際病院の復興、フットボールの普及などに尽力した。
1979年、聖路加国際病院にて82歳で帰天。静養先の八ヶ岳山麓の清里まで第100代カンタベリー大主教マイケルン・ラムゼーが見舞いに訪れている。
帰天した時、1円の私財も残されておらず、所持品は聖書と万年筆、何着かのスーツに加え、パジャマと歯ブラシだけであったと伝えられている。
<参考>
・山北宣久『きょうはなんの日? キリスト教365日』教文館、2003年
・清泉寮およびキープ協会のウェブサイト
・Wikipedia