渡瀬 寅次郎(わたせ とらじろう、1859年7月24日 - 1926年11月8日)
農学士、教育者。
略歴
江戸・牛込の生まれ。
徳川宗家と共に家族で静岡に移住。
沼津・代戯館(後の兵学校附属小学校)、東京英語英語学校を経て札幌農学校一期生となった。
クラーク教頭の影響を受けて渡瀬を初めとして同一期生有志が2期生の内村鑑三、新渡戸稲造らと共に「イエスを信ずる者の誓約」に署名、いわゆる「札幌バンド」の始まりである。1877年、M・C・ハリス宣教師(メソジスト)より受洗。札幌独立基督教会の創立時からの会員にもなった。
農学校卒業後は開拓使御用掛、農商務省御用掛、ロンドン万博随行員などを歴任、また茨城中学校長、茨城県尋常師範学校長、東洋英和学校尋常中等部(後の麻布尋常中学校)教頭、東京中学院(関東学院の源流の一つ)初代学院長など、教育界でも活躍した。
更に、農学士として優良種苗及改良農具の普及による農業界の発展にも大いに貢献した。
<参考>
・山北宣久『きょうは何の日? キリスト教365日』
・Wikipedia