本ブログでは時事問題は極力扱わない方針で今まで来ていますが、今般、国内政治に関して「クリスチャン」という言葉が出てきましたので、いちおう考察しておきましょう。
先週木曜日発売の『週刊新潮』(24年11月7日号)は「自民党惨敗に『誰も詰め腹を切る必要はない!』孤独な宰相『石破茂』の大迷走」という特集を掲載しています。
今さら繰り返すまでもないことですが、先の総選挙で自公連立与党は大惨敗、野党第一党の立憲民主党が大幅に議席数を伸ばしたため、あわや政権交代寸前というところまで追い込まれました。
その結果を受けて小泉選対委員長は直ちに委員長をしましたが、今日(11月6日)現在、石破首相と森山幹事長は居座りを決め込んでいます。
『週刊新潮』の記事はその現状を踏まえているわけですが、本ブログが笑ってしまったのは、「永田町関係者」が石破首相が「何事もなかったかのように前に進もうとしている」理由として次のように語ったとされているからです。少し長いですが、引用します。
「この状況でも石破さんが辞任しないのは彼がクリスチャンだからではないか、と指摘する声もあります。キリスト教には”ベルーフ”と呼ぶ、神に召された仕事、という考え方があります。石破さんは総理・総裁は神に召された仕事、と考えそれを全うしようとしているのでは、と」
全くもって笑止千万。
石破首相が総理の椅子にしがみついているのはクリスチャンだからではなく、5回目のトライで漸く総理大臣になれ、しかも今辞めて「戦後最短内閣」というレガシイを残したくないからに違いありません。
総裁選の際、石破氏は「すぐに解散総選挙はせず、まず衆議院予算委員会で『金と政治』についてじっくり討議する」と言っておきながらいざとなると直ちに解散総選挙、あまつさえ選挙終盤には非公認候補者の政党支部に2000万円が支給されていたという報道さえされる始末でした。
遡ってみると、2009年の麻生内閣末期に「麻生降ろし」にじ自民党内で動いたのは石破氏を始めとする面々、また安倍政権下で安倍首相の政策に尽く反旗を翻したのも石破氏でした。更に今回の石破内閣においては凶弾に斃れた安倍元首相を死後に「国賊」と罵った男を総務大臣という重要ポストに据えました。自民党内で「後ろから弾を撃つ男」と渾名されている所以です。
石破氏の自民党内での立ち位置を敢えてキリスト教の文脈でいえばユダでしょう。そのユダの末路については言わずが花ということにしておきます。ご関心がおありの方はマタイによる福音書27章3節以下をご覧ください。
