平山常陳

 

堺出身のキリシタン商人。マニラに居を定め現地の女性と結婚。

 

1620年、2人のアウグスチノ会のパードレ(宣教師)を商人に変装させ日本に向かったが、台湾近海でイギリスとオランダの船隊に拿捕され平戸に連行された。

 

平戸藩や長崎奉行らによる厳しい取り調べの結果、1622年8月19日、長崎で平山常陳と2人のパードレが火あぶりになり、船員12名が斬首となった。

 

江戸幕府のキリシタンに対する不信感を決定づけ、大弾圧の引き金となる事件であった。