山北多喜彦(1908年ー1968年8月17日)
愛知県蒲郡出身。
慶應義塾大学から関東学院神学部を経て1938年、東京神田三崎町の中央バプテスト教会(現・日本基督教団三崎町教会)に赴任し、30年間、牧会を行った。
日本基督教団総会書記を初めとし教団各委員会で委員を務めたが、特に54年度讃美歌編集に携わり、自らも2篇25番、同191番の日本語訳詞を行った。
今でも夏のキャンプなどで歌われる「しずかな湖畔の森のかげから」を作詞したことでも知られる。
トイレットペーパーに書かれた遺書には「告別式は簡略に。バッハのカンタータ『イエスはわが喜び』、私のことをいわず、主だけが語られ信仰を私に与えて下さった主の恵みだけを伝えて下さい。ではまた、多喜彦」とあった。