【中心聖句】
わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って父のもとに行く(28節)
世(κόσμος)
この言葉については去る5月4日に考察していますが、改めて見ておきましょう。
以下は当日の投稿からのコピペになりますことをご了承ください。
雨宮慧神父は『小石のひびき 主日福音のキーワード(A年)』の中で、この言葉の意味を次のように纏めておられます(pp.66〜67)
1. 被造物の総和としての世界・宇宙
2. 人間世界の領域としての世界
3. 神が行う救いの場としての人間世界や人類
1.は上記のようにわたしたちが普通、コスモスという言葉から思い浮かべる意味内容ですね。
問題は2.です。「世は元来は神がよしとされた善いものなのだが、人間の犯した罪の結果、神と対立する悪となった」(雨宮慧『小石のひびき 主日福音のキーワード(A年)』p.66)
今朝の朗読箇所における世とは正にイエスを、そしてイエスの弟子たちを憎むような悪そのものの世ということになります。
そのように悪に満ちた世であっても「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネによる福音書3章16節)のでした。
世は悪に満ちた人間世界から神が行う救いの場としての人間世界へと変えられていきます。
