【中心聖句】

そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された(39節)

 

 

洗礼者ヨハネより洗礼を受けたイエスは弟子たちを伴ってカファルナウムに着き、会堂で説教を行いました。そして、汚れた霊に取り憑かれた者や高熱で寝ていたシモンのしゅうと、その他にも病人や悪霊に取りつかれた人々を癒やしたのでした(21〜34節)

 

注目すべきはこれは安息日の一日の間に起こったということです。

 

カファルナウムでの最初の一日は、人間生活のすべての場から人間を苦しめる悪の力を駆逐した一日...イエスの生涯全体を凝縮した一日(雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』p.160)

 

だったのです。

 

さらに注目すべきは35節以下に書かれているイエスの行動です。

 

彼は朝、まだ薄暗いうちに人里離れたところに行って一人で祈り、探しに来た弟子たちに他の町や村に行こうと言ったのでした。

 

このイエスの言葉に弟子たちは驚いたに違いありません。

 

というのは当時、カファルナウにはローマ軍の駐屯地や収税所が置かれておりガリラヤ湖北岸の中心的な集落でした。

 

つまり、わざわざ周辺の村落を巡回するよりもカファルナウムにじっくり腰を据えて宣教をしたり病気治癒を求めて押し寄せてくる群衆を捌いたりしたほうがイエスにとっては「効率が良い」はずですね。

 

そこにあったのはイエスの強い使命感でした。

 

先ほど書きましたようにイエスは早朝、一人で祈りました。その祈りの内容は聖書からは分かりません。しかし、彼にとって祈りにおいて大事なのは神との交わりそのものでした。

 

朝の祈りの中でイエスは絶対者に触れ、自分の使命を確認していたのです(雨宮慧・同上)