本書は縄文時代から平安遷都に至る日本の古代史を46項目に分けたもの。各項の終わりに簡単なまとめのダイアグラムが載せられています。
ネット情報によると著者は元々、仏教美術に関心を持って奈良に通う内に日本古代史の研究を独自に始めたとのことです。
『聖徳太子は蘇我入鹿である』(フットワーク出版 1991年)以来、今日まで日本古代史に関する膨大な著作を出版しておられます。
本書では、最も有名で100年以上論争が続いているのに未だに結論がでていないらしい邪馬台国と卑弥呼、人物像に謎が多く本当は実在しなかったという説さえある聖徳太子を初めとして、天孫降臨やヤマトタケル、蘇我氏など日本古代史の主要なテーマが取り上げられています。
私自身は日本史・東洋史については全く素人である上に本書には脚注はもちろん参考文献も示されていないため、本書の内容については論評できません。
ただ一つ、第2章『狩猟民・縄文人と稲作民・弥生人』の冒頭にある文に「目から鱗」の思いをさせられました。
その章の最初に「『平和主義の稲作民』のウソ」という見出しがつけられているのですが、そこに興味深い一文がありました。少し長くなりますが、引用しましょう。
かつて、騎馬民族征説が盛んに論じられていた頃、「平和主義の稲作民」「好戦的な騎馬民族」」というイメージが出来上がっていた。だが現実には、農民のほうが好戦的だ。
理由は簡単。農業は必要以上の作物を産み出す。すると、人口が増える。そうなると、新たな農地を開拓し、水を確保しなければならない。
歴史上の戦乱のことごとくが土地や資源の利権をめぐるものだった。その根底には、膨張を義務付けられた農耕民の性が横たわっていたのだ。
残念ながら本書には脚注はおろか参考文献一覧もないため、この節について客観的に確かめることはできません。
ただ直感的に、狩猟民族は自分たちの縄張りに獲物が少なくなれば他の場所に移動するのに対し農耕民族は農業に適した場所に定着しようとするというのは理解可能ですね。
「日本人は農耕民族で、多神教を信じているので戦争はしない」ということが昔から良く言われています。
ですが、日本の歴史を見れば古くは本書も扱っている邪馬台国の時代から太平洋戦争まで様々な戦乱を起こしていることは今更、言うまでもありません。
更に言えば、この関氏の言葉から私がいちおう専門としている聖書の世界でも、特に旧約聖書の「ヨシュア記」に描かれているモーセ亡き後ヨシュアに率いられたイスラエルの民がどのようにしてカナンの地に侵入し定着したのかを考える上でも参考になります。
いずれにせよ、学術書というよりは軽い歴史読物として必ずしも通読せず、自分の興味がありそうな歴史上の出来事に目を通すのも良いかもしれません。