沖田臥竜『迷宮「三大未解決事件」と「三つの怪事件」』(2020年9月20日、株式会社サイゾー)
前回の最後に書きました歌舞伎町雑居ビル火災と「一見全くなんの関係もないような殺人事件」 について簡単にご紹介しましょう。
実のところ、恥ずかしながら私自身、本書を読むまでこの事件のことは知りませんでした。
これは歌舞伎町雑居ビル火災の3ヶ月前、2001年6月9日に東京都板橋区で起こった殺人事件です。
これは区内の工務店経営者M氏(当時70歳)が射殺され、その実行犯である元反社グループ4人とリーダー格のW(同47歳)そして44歳の女Kが逮捕されました。
こう書きますと、まるでここ数年、世間を騒がせている連続強盗グループと指示役そしてその愛人のように思えますが、実際は驚くべきものでした。
実は、この逮捕された女Kは被害者M氏の実の娘であり、リーダー格のWと実行犯の元反社グループは彼女に殺人を依頼されていたのです。
Kが父親殺害を依頼した動機は遺産相続でした。
幼い頃からいわゆる箱入り娘として何不自由なく育てられたKは24歳で電子機器メーカー役員の男性と結婚した後も実家の母親に月々50万円もの大金を無心し、2人の息子を有名私立幼稚園・小学校に通わせ、毎年、家族で海外旅行をしていたというのです。
ここで不思議に思うのは彼女の配偶者は自分自身の収入に照らしても不釣り合いな妻のセレブ生活に気づかなかったのだろうかということですが、恐らく妻と実家の関係に口をはさみたくないので目をつぶっていたのでしょう。
やがて、1997年頃に夫の会社が倒産、多額の借金を抱えることになってKは躁鬱状態に陥りました。実家の母親が体調を崩したこともあってM氏は実家に戻ることを頼みますが、彼女は「板橋は田舎臭いからイヤ」と言い放ったそうです。
たまりかねたM氏は遺言書を作成、遺産を自身の弟と甥に譲ることとし甥と養子縁組を決めたことにより自分と母親が遺産相続から外されると思い込んだKは知り合いを通してWに殺人を依頼したというのです。
とまあ、ここまではTVの「2時間サスペンス」でもありそうなネタではありますが、問題はここからです。
Kが相談を持ちかけた知り合いというのは、彼女がエステサロンで知り合った人物でしたが、 実はこの人物は占い師で会員数100人程度の霊感商法紛いのことを起こっている団体を主宰するY(当時64歳)という女性であり、Wはこの女の懐刀でした。
Yは専門的な知識がないのに占い師を自称し、過去にも様々なトラブルを引き起こしていたようですが、その一方では熱烈な信奉者も数多くいました。こうした連中が良く使う手口ですが、芸能人や有名人と懇意にしていることをひけらかし、信者獲得を測っていたようです。
Kはグループから千数百万円も様々なグッズを購入していたそうですが、Yに心酔し彼女を「母以上に母だった」と称していたそうです。
著者によるとこのYはKが父親との遺産相続トラブルについての相談を持ちかける前からM氏の財産には目をつけていたふしがあり、「このままではあなたは遺産を相続できない」とKを不安に陥れ父親の殺害を唆した可能性があるというのです。
KはYに父親殺害を依頼、Yの指示を受けたWがリーダーとして実行犯グループを指揮しM氏殺害に及びました。
ところが、M氏の死後、M氏が作成していた遺言書が出てきました。確かにM氏は娘を過改心させるために甥を養子に迎えることを仄めかしはしましたが、実際には長女にすべてを相続させるつもりだったのでした。
つまりKは自分の勝手な思い込みとYからの色々な吹込みによって、全く無意味な殺人を犯してしまったことになります。
これを知って目が醒めた、あるいは洗脳が溶けたのかKは殺害の成功報酬を支払うことを拒否しました。
そこで実行犯たちは直接の「雇用主」であるYに対して腹を立て、再三にわたって約束の成功報酬を支払うよう迫りました。
なかなか首を縦に振らないYとWに業を煮やした実行犯グループは「けじめをつけさせる」行動に出るに至りました。
そして、ここで実は歌舞伎町雑居ビル火災と繋がってくるのです。
著者によれば火元となったビルの3階エレベーターホールは麻雀ゲーム店「I]に面していましたが、その「I」の実質的なオーナーがなんとYの娘婿だったというのです。
これは初めから多くの犠牲者が出ても構わないという放火大量殺人事件ではなく、「I」のオーナーそしてYに対する警告としてのボヤの出火を狙ったものだった可能性を著者は指摘しています。
しかし、後にビルのオーナーらが業務上過失致死で有罪判決を受けたことからも明らかなようにビルの防火管理体制があまりに杜撰だったために、警告のためにボヤを出そうと考えた犯人にとっても思いもよらない大惨事になってしまったのでした。
この見方は当時の捜査当局にもあり、現にM氏殺害の実行犯は歌舞伎町雑居ビル火災についても尋問されているというのです。ただ、どうしてもそちらでの立件はできず、結局、放火罪としては2016年に時効が成立しました。
父親殺しを依頼したKは無期懲役、またYは懲役20年の実刑判決を受けました。
昨年7月以来、「霊感商法」を長年続けて来た宗教団体がメデイアや世論から厳しく追求されています。
その団体は追求されて当然なのですが、今回取り上げた団体のように100人程度さらにはもっと少ない数名〜数10名の規模のカルトまがい集団による事件が過去けっこう起こっており、これからも起こる可能性があることには注意しておく必要があるでしょう。
(続く)